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「前世の記憶」  作者: 泉 恋華
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「拝啓 来世の私へ」

本文は筆で書かれた達筆で美しい字で埋め尽くされていた。そして現代の言葉とは少し異なっているためとても読みにくい、だが文学が好きな私にとっては苦ではなかった。ここから話すのは明治時代の人物、泉 鏡花と泉 すずの恋物語である。


 拝啓 来世の私へ


 この手紙を読んでいるのが本当に来世の私なのかは分りません。ですが読んでほしいのです。私とあの人の人生の物語を


 私は結婚をしてとても幸せに暮らしていました。こんな毎日が永遠と続いてほしいと願っていました。ですがそんなことは絶対にできないのです。人には寿命というものがあり、その運命には逆らえない、いつかは別れなくてはいけない。

先日夫である泉 鏡花が病で倒れました。癌性肺腫瘍という病で今の医学ではなおせず余命も残りわずかだと医者から告げられました。いざ自分の番となると実感がわかなく、目を背けたくなりました。ですが日に日に衰弱していく夫はそんな私の心情を察しているのでしょうか。もう話すことも辛いはずなのに私を励ましてくだりました。私は決心しました。もう夫からも夫の病からも目を背けないと。


 夫が病に倒れてから一月がたち、夏の暑い空気が涼しげな秋風に変わりはじめた頃夫が蔵から金属の箱を持ってくるように私に言付けました。私は言われたとおり箱を持って夫の枕元まで来ると、夫はもうほとんど動かない体を起き上がらせて私に最期の頼みだといって話はじめました。本当は最期なんて言ってほしくはないのですがここ最近夫の体調はとても悪く、夫自身ももう余命が短いと察しているようでした。そんな夫が懸命に声を絞り出すように私に告げました


「この箱は魔法の箱なんだ。中に入っている物をいつまでも美しいまま時をとどめるという力がある。だからこの箱の中に僕たちの愛し合った思い出を手紙にして入れて、僕たちの愛を永遠にしてほしい。」

そう言い切ると夫は咳き込み床についてしまいました。私は夫の背中をさすりながら

「わかりました。必ずあなたの望みを実現させます。」

それが聞こえたのでしょうか、夫は安心したように眠っていきました。次の日、夫が目を覚ます事はありませんでした。


9月7日午前2時45分泉 鏡花 逝去


 夫の葬儀は芝青松寺で行われました。夫の死顔はとても安らかで人生を全うしたというのが伝わってきました。数々の小説や戯曲を世に残した偉大な人でしたが、私にとってはたった一人の愛してやまない旦那様でした。そんな夫の最期の願いを叶えるために私は筆をとり、今こうして手紙を書いています。手紙を書くことで私は一生夫との思い出を忘れないでしょう。もういない夫のことを感じる事が出来るでしょう。これは私と戯曲家である泉 鏡花の愛の形




 まずは私の自己紹介をしましょう。私の名前は泉 すず、旧姓は伊藤で東京の神楽坂で芸者をしていました。

 そんなある日お座敷で運命の人と出会いました。彼の名前は泉 鏡花。彼は尾崎紅葉先生の門下生で尾崎先生の信頼もあつく期待の新人だったそうです。そんな彼の事は全く知らなかった私はもちろん彼が極度の潔癖症であることも知りませんでした。皆さんはお座敷遊びなどで楽しそうにしているのに対し彼は座敷の隅の方で一人でお酒を煽っていました。その姿は絵になりそうなほど美しく儚げでどこか物悲しく見えました。そんな彼に惹かれたのか私は彼のそばに行き

「旦那様、どうぞ」

とお酒をお酌しようとしました。するとなぜか彼は激怒し

「こんなの!全然熱くないじゃないか!!!」

そうおっしゃったのです。私はわけが分りませんでした。私が持っているのは熱燗で十分に熱かったからです。

「もっとぐらぐらと煮えたぎったものじゃないとばい菌がうようよしていて飲めたものじゃない!!」

そう言われたので私は熱燗をもう一度台所へ持っていき料理長にその話をしました。すると料理長は笑って

「あぁ~尾崎先生の門下生の泉 鏡花さんだね。彼は極度の潔癖症だから熱燗よりもっと熱い泉燗じゃないとのめないんだよ。」

と言った。泉 鏡花さんのための熱燗だから泉燗なんだよとも付け加えて教えてくださって私は泉先生はきっとすごい厳格な方なのだろうと勝手に想像していました。

 そして私は泉燗を持って泉先生の所へ行きました。

「泉先生、熱燗をお持ちしました。」

そういってお盆の上に乗せたぐつぐつと煮えている泉燗をみせました。これ煮過ぎてもはやお酒じゃないのでわ とも思いましたが泉先生は煮えているのを確認すると満足そうに

「そうそう、これくらい熱くないとね」と微笑まれました。

ですが泉燗は熱すぎてお酌しようにもお酌できない。

「あぁ、熱くてお酌が出来ないんでしょ?いいよ自分でするし、その方がばい菌が移らないしね、あつっ!!」

熱くて熱燗をこぼしてしまった彼は大慌てでばたばたしていました。私も焦りましたが持っていた手拭いで彼をふきました。すると彼はさらに慌てた様子で

「な、何触ってんだよ!僕にばい菌移す気!?」

そう言われてもこの状況はこうするしかないので、私は怒鳴る彼を無視してふきました。


「泉先生、もう大丈夫ですよ。」

そう言ってその場から立ち去ろうとすると

「はぁ、全く今日はついていない。あんた名前は?」

そう聞かれたので、てっきり芸者名を聞かれたのだと思い

「桃太郎と申します。」そう告げると

「ふーん。僕はあんたの芸者名だけじゃなくて本名も聞いてるんだけど?」

私は少し驚き、間を開けてから

「本名は伊藤 すずと申します。」

名前を告げると彼はそこまで興味はないといった顔で新しくきた泉燗を手拭いで慎重に持ってお酒を飲んでいました。きっと最初の熱燗と泉燗を間違えられた怒りで手拭いで持つことを忘れておられたのでしょう。


 この人は潔癖症でとても厄介なお客様、私にとっても彼の第一印象は最悪なものでした。そしてこの日のお座敷はお開きとなりました。



 今回の話で泉 鏡花と泉 すずという人物を書くことができました。泉 鏡花は潔癖症と聞いたのできっとこんなアクシデントがあったのではないかと思い想像して書いてみました。泉 鏡花という人物についてもっと深く知りそれを使った話を考えていきたいと思います。泉 鏡花については情報が残っているので少しずつそれをもとにしていますが泉 すずについてはあまり分っておらず私のオリジナルのようなものになっていますので、そこをご了承ください。

 前回のあとがきにもこのようなことを書いたのですがこの小説は泉 鏡花・泉 すずをもとに書いていますが70%の想像と30%の事実で書かれているのでほとんどはフィクションです。

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