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スクール・バス  作者: 野宮ハルト
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第9話

この時間帯のスクールバスは、ラッシュ時の満員電車にもひけを取らない位殺人的な混雑をみせている。

特にこの季節、乗り合わせた人々が発する熱気や湿度に加えて、香水、体臭、タバコ…その他諸々の臭いが混ざり合い、さらに不快指数が上がっていく。

乗用車に定員が有る様に、バスにだって定員 くらいあるんじゃないのかな?

バス後方扉のステップ部分に立ちながらふとそんな考えが頭をよぎった…。



混雑するバス内 で、比較的楽な姿勢を保つことが出来る場所…それは僕達が立っているバス後方扉のステップ部分。

超満員バスに乗らざるを得なかったら、一番最後に 乗り込む事…。

それはスクール・バスを利用する人たちの間で、密かに広まった乗車テクニック。

そんな術を身に付けている僕だから、わざわ ざ支えてもらわなくても自力で十分立っていられるのに、わざわざ腰に手を回し、下半身を密着させるような格好で立つ必要なんか無いと思うんだけどな…。

こんなおかしな姿勢で立っている僕達って、仲良し男子がじゃれ合っているだけというより、男同士でいちゃつく怪しい関係に見られている気がする。

だってその証拠に、朝見の肩越しに見える大学生の視線がちょっとだけ痛く感じる…。

どっちにしても恥ずかしいっていうのだけは確か。


「ねえ、暑苦しいんだけど…」

不機嫌を装いながら朝見の胸を押し返すと、腰を固定されたままの僕の上半身は海老みたいに反り返ってしまう。

「ちょっと…」

一体何がしたいの…?

告白した人の方が強気になれるものなの?

朝見の不可解な行動に、今度こそ本当に不機嫌な顔と声で睨み 付けた。


「さすがにこれはやりすぎか…」

眦の少し吊り上がった涼しげな目元がふっと綻び、腰に回された腕の力が緩められた。

「さすがにって…本当にもう、何なの!?」

握り締めた拳で朝見の胸を叩きながら、悪ふざけを軽く窘めた。


「ごめん…」

不機嫌な僕の声に、先程までの漫然とした態度をがらりと改め、しおらしく謝罪を述べてきた。

苦しげに歪んだ朝見の顔が一瞬、昨日僕に告白をしてくれた女の子のものとダブって見えた。


僕の気持ちを聞いた途端、落胆と悲哀の入り混じった表情を浮かべたあの子。

伝わらなかった気持ちを抱えたまま、悲しげに肩を落として去っていった後姿…。

思い出すだけで胸の奥がきゅっと痛くなる。


時が経てば、失恋の痛みはほろ苦い想い出へと変わり、やがて記憶の片隅へと追いやられていくかもしれない。

だけどあの時、あの子にとってみれば、今まで生きてきた中で一番勇気 を必要とする瞬間だったのかもしれない。


…僕はあの子を傷付ける事無く、上手に断る事が出来たのかな?


そう言ってしまう と、自分が偽善者みたいに聞こえるかもしれない。

だけどもし自分が振られる立場だったとしたら、はっきり振ってくれても構わないから、傷つく様な 言葉だけは聞かせて欲しくない。

そう考えると、過去に告白をしてくれた子達に対して、僕は結構酷い態度を取っていたかもしれない。

勝手に好きになって、勝手に自分の気持ちを押し付けて来て…そんなの気持ち悪いなんて思ってゴメンね。

ありったけの勇気で僕に向けてくれた気持ちをそっ けない態度で断ってゴメンね。


親友であり、同性でもある朝見から受けた告白で、僕はやっとその事に気が付いた。

自分の気持ちが恋かもしれないと知って初めて、みんなが感じた痛みや辛さを理解することが出来た気がする。

お子様だった僕にとって、これは大きな進歩かもしれな い。


そんな大事な事に気付かせてくれた朝見には、感謝してもしきれない。

だけど今の僕に、朝見の気持ちを受け入れる場所はないん だ。

だって、僕にとって朝見は大事な友達。

だからそれ以上の気持ちは生まれてこない。

その事を伝えてしまったら、親友という安息の場所から朝見はいなくなってしまうかもしれない。


じゃあ何て言えばいいんだろ…?


「ねえ、朝見…」

目の前にいる朝見は、年相応に時々悪ふざけもするけれど、僕にとっては常に冷静で頼れる大人な存在。

そんな朝見に辛い思いなんてさせたくない。

で も…。

朝見に背を向けたまま俯いていると、色んな想いが頭の中を過ぎって行く。

「悩ませちまって悪かったな…昨日の事は忘れてくれ…」

突然の言葉に振り向くと、綺麗に整った顔をくしゃりと歪めて無理矢理笑う朝見の顔があった。


さっき一瞬だけ僕に見せた別人のような顔。

あの顔って、朝見の中にある≪男≫の顔なんだよね。

朝見が好きになった相手が女の子だったら、きっとその子に向けるはずだった顔でしょ?


「忘れろって…だって…」

朝見の気持ちを知ってしまったのに、今更どうやって忘れればいいって言うの?

その気持ちを知った上でもなお、友達でいたいと思い続ける僕は、なんて強欲で我儘な人間なんだろう。


「おまえが…皐月があいつの事考えてる…そう思ったら、堪らなくなった、自分の気持ちが抑えられなくなったんだ…あの時の俺は、おまえの気持ちなんてこれっぽっちも考えてなかったんだ…はは、俺らしくないよな…カッコ悪すぎ…」

自嘲的な笑みを浮かべた朝見の姿がたまらなく切なかった。


そんな顔しないで…だけど、そんな顔させてるのは僕なんだ…。

「ごめん…」

小さく洩らした謝罪の言葉から、朝見は僕の気持ち汲み取ったみたいだった。

大きな掌で僕の頭をクシャリと撫でると、

「ばか…そこで謝るなよ…」

いつもみたいに優しく笑ってくれた。

「だって…」

そんな笑顔向けられたら、どうしたらいいのか分からなく なるよ。

目の前にある朝見の笑顔が、涙でぼんやりと霞んでいく。

「僕…」

何か言わなくちゃ…そう思って口を開いた途端、学校へ到 着したバスの扉が開いた。


澱んだ車内から押し出されるようにして清々しい空気の中へと降り立つと、僕達はお互い無言のまま高校の校舎へ向かって歩き出した。


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