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スクール・バス  作者: 野宮ハルト
37/45

第37話


『海は…全部片付けてからだろ?』

そう約束したはずの場所で、僕は初めての恋に終止符を打った。

今度こそ本当に≪さよなら≫した…。



「次に会えるのは…新学期かな?」

家の近くにあるコンビニで車を停めた合田さんは、いつもと同じ笑顔で語り掛けてきた。

「あ…はい」


付き合った事はないけれど、過去に何度か告白された事があるから、相手の告白を断るのもこれが初めてではない。

慣れている…と言ったらおかしな気もするけど、こうした場面での気まずさは何度も経験しているはずなのに、その時とは違う気まずさが漂っているのは…僕のせい?


「いいなあ、高校生は。僕なんて、お盆休みが終わったらまた仕事だ。もう一度戻りたいな…学生に」

そう言ってハンドルの上に顎を乗せると、合田さんの瞳に昔を懐かしむような表情が浮かんだ。

「大人になるのって…大変ですか?」

「うーん、どうかな?社会に出たての頃は大変だったけど、そのうち慣れるものだよ。ふふ…おかしな話だよね。子供の頃は早く大人になりたかったのに、大人になったら昔に戻りたいなんて思っちゃうんだから…」

「そうなんですか?」

「そうならない為にも、悔いのない生活を送らないとね。遣り残したまま大人になってしまうと、後悔だけが残るからね」


それはきっと、マリカさんへの恋心を断ち切れず、辛い日々を送った自分自身の事を言ってるんだよね。

そうやって自らの経験を話すことで、先に進むべきか、留まるべきか、思い悩む僕の背中を押してくれてるんだよね。


「はい、がんばります」

「応援してるよ」


車を下りると、むわりとした夜風が僕の髪をさらう。


「それじゃ、また」

「さよなら…」


…もしも合田さんが同級生だったら、そしたら僕達はどうなっていたんだろう?

駐車場を出て行く車を見送っていると、ふとそんな考えが頭を過ぎったけれど、すぐに、僕達の出会いはこれしかなかったんだという思いに掻き消された。


合田さんが言うように、『僕達はスタートした場所からして違ったんだから、ゴールする場所が違ってもおかしくない』、そんな関係だから、こんな結末を迎えても…いいよね?


…これでいいはず。

合田さんの悲しそうな顔を見るのは辛かったけど、お互いの為にはこの選択が一番いいんだと自分に言い聞かせた。


「さよなら…」

テールランプが見えなくなるまで見送ると、僕は自宅のある方へ向かって歩き出した…。



自宅に戻ると、時計の針は21時を回っていて、ダイニングテーブルの上に並べられた夕飯は冷たくなり、ラップが掛けられていた。


「ただいま」

「おかえり。遅くなるなら、ちゃんと連絡しなさいね」

「うん、ごめん。今度から気をつけるよ」

待ちくたびれたような顔でお小言を言いながら、冷えた夕飯をレンジで温める母さんに向かって謝ると、母さんの動きが一瞬止まった。

「ちょっと、どうしちゃったの?やけに素直で気持ち悪いわねえ」

「べつに…いつもと一緒でしょ?」


普段の僕なら、母さんのお小言を、『分かってるよ』とか『うるさいなあ』、なんて言葉で跳ね返してた。


「変なものでも食べたのかしら?」

素直な僕の態度がくすぐったいのか、母さんはそんな言葉ではぐらかした。



『悔いのない生活を』

別れ際に言われた合田さんの言葉に、僕の心は大きく揺さぶられていた。

だからなのかもしれない、僕を待っていてくれた母さんに対し、素直に謝る気持ちになれたのは。

無意味な反抗をする気になれなかったのは…。



夕食を済ませ、潮でべたつく身体を風呂で清めると、昼間の疲れがどっと出て、僕は早々に部屋に引き上げた。


…悔いのない生活、か。


ふうと溜息を吐きながらベッドに寝転がると、傍らに置いてあった携帯電話に手を伸ばした。






昼下がりのファミレスは、ドリンクだけで何時間も粘りながら、夏休みの課題に取り組んでいる中高生で溢れていた。


「メシは?」

「食べてきた」

「だったら…甘いものでも食うか?」

「うん」

僕も朝見も、実は甘いものに目が無かったりする。


「コレにしようか?」

期間限定メニューに載っていた夏の果物を使ったスウィーツを2人分オーダーすると、飲み物を取る為ドリンクバーへ向かった。



「会ってきたのか?」

「うん…」


―――話があるから会えないかな?

合田さんと別れ、自宅に戻った後、そんなメールを朝見に送った。


「ちゃんと話してきた」

「そうか…」

僕の言葉に小さく相槌を打つと、朝見はコーヒーの入ったカップを口元に運んだ。



僕自身が気付く前から、僕の恋心に気付いていた朝見は、それを分かった上で僕の事を好きだと言ってくれた。

自分自身の気持ちを抑え、初めての恋に悩む僕を支え、見守ってくれた。

…辛くなかったの?

幼稚で我侭な僕の親友として、隣に居る事を選んでくれた朝見の存在が、頼もしくもあったし、痛々しくもあった。


だけど…これが最後の報告だよ。

もう、苦しませないからね…。



「あのね…」


ふうと大きく息を吐くと、僕は目の前に座る朝見の目をじっと見詰めた。

「合田さんに…告白された」

思いもよらない出来事を話して聞かせると、朝見は驚いたように目を瞠った。

「僕の事が好きだって…だから付き合って欲しいって…」

ずっと聞かせて欲しいと思っていた言葉は、今の僕には何の効力も無くて、それを口に出しても平静で居られた。


「それで…?」

朝見の心の中は、きっと乱れているに違いない。

平静を装うとする朝見の声は、絞り出す様に小さくて、微かに震えていた。



「お待たせしました」

続きを話し出そうとしたタイミングで、オーダーしたスウィーツが運ばれてくると、僕達の間に気まずい雰囲気が流れた。


「えっと…食べながら聞いて」

スプーンの先でクリームを掬い、それを口に運ぶと、僕に習って朝見もスプーンを手に取った。


食べながら聞いて欲しいと思ったのは、これから話す事を重く捕らえて欲しくなかったから。

だから僕は、軽く聞き流してもらえるように、わざと明るい口調で話し出した…。



「朝 見だってなるでしょ?大好きな人が側に居るだけでドキドキしたり、その人の事を思うだけで胸が苦しくなったり…。僕にとって合田さんは、そんな気持ちにさ せてくれる存在だった。合田さんの事を考えたら、僕の胸は幸せな気持ちでいっぱいになった。その気持ちはずっと変わらない、そう思ってた。だけど…いつの 間にかなくなっちゃったんだ。その気持ちが…」


自分の気持ちに気付いた時から、叶わない恋だと思ってた。

それでも、この恋は僕にとって初めてのものだったから、大切にしたいと思ってた。

合田さんに振られるまで、諦めがつくまで、ずっと想い続けられると思ってた。


その気持ちが、こうも簡単に変わってしまうなんて…自分で自分が分からなくなった。


「合田さんに言われちゃった、『山郷くんはもう、僕に恋してないから…』って。きっと…合田さんは僕の変化に気付いてたんだね。それを分かった上で、自分の気持ちを伝えてくれた…」


星の数ほど居る人の中、気持ちを通じ合わす人と出会えたら…それは奇跡。


「上手くいかないものだね、人の気持ちって…」


知った風な口を利き、ふうと溜息を吐くと、朝見はふっと小さな笑い声を漏らした。


「ふ…大人なったな、皐月」

「それって褒め言葉?」

「さあな…」



全てを朝見に話した事で、少しだけ気持ちの整理が出来た気がした…。


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