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スクール・バス  作者: 野宮ハルト
30/45

第30話


―――会いたいです。


あれこれ悩んだのに、思い付いた言葉はすごくシンプルだった。

なのに震える指先が、何度もキーを押し間違え、たった6文字を打つのに、かなりの時間を要してしまった。



『夏休みが終わるまでに…なんとかする』


そう決めたのは、朝見の家で課題をこなしていた時の事。

無理して笑う朝見の顔があまりにも痛々しくて、これ以上甘えちゃいけない…そう思ったんだ。

だから、中途半端に引き摺ってるこの恋に、ちゃんとケリをつけたいと思ったんだ…。



暫く考え込んでいたら、液晶パネルのバックライトが消え、画面が真っ暗になった。


「これで最後になる…かな?」

覚悟を決めて送信ボタンを押したら、ぱっと明るくなった画面の中に、≪メール送信完了≫の文字が浮かび上がった。



夏休みのバス乗り場では、ジャージ姿の大学生や、制服姿の高校生がまばらにバスを待っていた。

私服姿の僕は、小さな列の最後尾に着くと、夏休みダイヤで運行されているスクールバスが到着するのを待っていた。


―――今週は無理かな?学校まで来てくれたら、会えるけど。

僕達学生は夏休みでも、学校職員はお盆まで勤務があるのだという。


―――会いに行ってもいいですか?

見知らぬ場所で2人きりになるより、馴染んだ場所で会ったほうがいい。


昼休みの時間に合わせ、僕は学校へ向かった…。



待ち合わせは、学校前にあるファミレス。

人目に付きにくい、奥まった席に腰を下ろすと、程なくして合田さんが現れた。


「お待たせ…」

緊張しながら顔を上げたら、にこり、やさしく微笑んでくれたけど、その顔にいつものやわらかさが欠けている気がした。


…最後に会った時よりも、頬が削げて見えるのは…この暑さのせい?

近況報告をしながら、合田さんの様子をこっそり観察した。



「何か…あったの?」

メールで済まさず、わざわざ学校まで会いに来るなんて…何かあったと思うよね。

「えっと…」


何から話そうか…道すがら考えてきた事を、頭の中にざっと並べてみる。


「聞きたい事があって…」

こんな場所で聞くような事じゃ無いけど、こんな場所だから聞きやすいっていうのもある…。

「何かな?」

なかなか話し出せないでいる僕を、合田さんは急かす訳でもなく、じっと待っていてくれる。


…ああ、僕はこの人にも甘えてる。

人から好意を寄せられる事はあっても、自分から誰かを好きになった事のなかった僕。

そんな僕が、生まれて初めて好きになった人が、合田さん。



どんな結果になってもいいから、告白しよう。

何もしないでウジウジ悩むくらいなら、当たって砕けちゃえ。


同性を好きになってしまった…そんな気持ちに戸惑ったりもしたけど、僕はその気持ちを大事にしたいと思った。


合田さんと出会って、人を好きになるという気持ちを知った。

恋をするという気持ちを知って、その楽しさや辛さも味わった。


自分が痛みを知らなくちゃ、人の痛みも分からない…。


勝算の無い告白をしようと決めたのは、こんな僕に好意を寄せてくれた人達に対しての贖罪だった。

告白をする為にどれだけの勇気が必要だったのか、無下にあしらわれる事がどれだけ辛かったのか…自らそれを知らなければ、僕はここから先へ進めない。


そう思っていたはずなのに…いつの間にか僕は、とても欲張りな人間になっていた。



「合田さんは…マリカさんが好きなんですよね?」


意を決し問い掛けると、合田さんの身体がビクリと震えた…。






合田さんと出会うまで、僕は誰かを好きになった事が無かった。


通学途中に見かけた子や、同じ学校の子に対し、『かわいいな』とか、『きれいだな』と思う事はあっても、それ以上の感情は芽生えなかった。

それは単に、僕という人間が恋に対して未成熟なだけで、もっとちゃんと見ていれば、そこから先の気持ちが生まれていたのかもしれない。


そんな幼稚な僕でも、高校に進学してからの1年間で、8人の女子に告白された。

8人のうち学内の子が5人、学外の子が3人…だけど、17年間の人生で付き合った人数は0人。


次々受ける告白を、端から断り続ける僕を見て、『もったいない』なんて涼太は言うけれど、見知らぬ人から≪好きです≫と告白されても、正直嬉しくなかった。

といより、むしろ…気味が悪いとさえ思ってた。


だってそうでしょ?

一度も言葉を交わした事など無いのに、どうして僕の事が分かるの?

そんな僕の、何を好きになったというの?


無理やり押し付けられる気持ち、断る時の気まずさ…僕にとっては重くて迷惑なだけだった。

だから僕は決めていたんだ。

『誰かと付き合うなら、自分から好きになった人がいい。絶対自分から告白するんだ』


そんな僕の考えを、

『とりあえず付き合っちまえ、気持ちは後からついてくる』

と涼太は笑い飛ばし、

『本気で好きになった事が無いから、からそんなこと言えるんだよ。ホントに好きな人が出来たら、お前だって告白してくる女の子達と同じ状態になるんだぞ。周りが見えなくなっちまうぞ』

と朝見は優しく諭してくれた。


その時の僕は、朝見の言葉にしか耳を貸さなかったけど、今なら涼太のアドバイスも理解できる。

ほんの数ヶ月前まで、≪恋する気持ち≫すら理解できなかった僕は、合田さんと出会って、恋をして、ちょっとずつ成長して、やっと年相応の恋愛感を身に付け始めたんだ…。



『合田さんのその気持ちが何なのか…はっきり分かるまで、僕と付き合ってくれませんか?』

玉砕覚悟で告白して、戸惑う合田さんの弱味につけ込んで…相手の気持ちなんか二の次で、自分の都合を無理矢理押し付けた。

朝見が言った通り、恋したばかりの僕は盲目で、『周りが見えなく』なっていた。


人から寄せられる好意に対し≪嫌悪感≫を抱いていた僕。

だけど合田さんは、人から寄せられる好意に対し≪負い目≫を感じていたんだ。


何気なく掛けた言葉が、微笑んだ事が、相手を惑わせ、災いとなって自分に降りかかってくる。

身に覚えの無い噂を流され、白い目を向けられ…肩身の狭い思いをした学生時代。

本気で好きになった人までもがその噂を信じ、本当の自分を見てくれなかった。


そんな辛い思いをしてきたからこそ、僕の我侭な申し出を無下に断ることなく、受け入れてくれたのかもしれない。


職員と生徒という関係から、≪友達≫という関係にステップアップして、そこから僕達の関係はスタートした。

≪友達≫と呼ぶにはあまりにもぎこちない関係だったけど、僕はそこから何かが生まれる事を期待してた。

≪恋人≫というゴール目指し、お互いの理解を深めていくつもりだった。


だけど…合田さんと僕は、社会人と学生、大人と子供。


一緒に過ごす時間の少なさが、僕をイラつかせ、不安にさせる。

合えない時間の分だけ不満が生じ、自然と愚痴も増えていく。


そんな僕に寄り添い、愚痴を聞き、励まし、そっと背中を押してくれたのが…朝見。

朝見が側にいてくれたから、なんとかここまでやって来れた、挫けずに前へ進むことが出来た。


だけど…そんな朝見に、僕は告白されたことがある。

いつもクールな顔を苦しげに歪ませ、震える声で胸の内を曝してくれた。


それでも朝見は、合田さんの事ばかり話す僕の言葉に黙って耳を傾け、自分の気持ちよりも、僕の感情を優先させてくれた。

わたあめにたいに、ふわふわした優しさで包み込んでくれる朝見に甘えながら、僕は合田さんとの距離を徐々に近付けていった。


あの日、彼女に出会うまでは…。




「どうしてそんな風に思うの?」

平静を装っても、微かに震える声が合田さんの動揺を伝えてくる。


「それは…」

冷やかに注がれる視線、合田さんのぎこちない態度…彼女と再会した合田さんを見て、気付いたんだ。

「僕、言いましたよね?『合田さんの中にある気持ちが分かるまで、僕と付き合ってくれませんか?』って…」

優しく包み込んでくれる朝見が、時折見せる苦しげな笑顔・・・それが答えを教えてくれた。


「合田さんは、僕の気持ちに応えようとして…ムリしてます」

「そんな事は…」


幼稚で鈍感な僕だけど、この考えはきっと間違っていない。


「学生時代、本気で好きになった人…噂に流されて、本当の合田さんを見てくれなかった人がいたって言いましたよね?」

「……」

「それが、マリカさん…なんですよね?」


ざわつく店内で、僕達の周りだけ時が止まってしまったようにシンと静まり返っている。


「…だとしたら?」


俯き話を聞いていた合田さんが、徐に顔を上げた…。


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