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スクール・バス  作者: 野宮ハルト
27/45

第27話


大学時代の友人だという杉田さん。

その人の≪彼女≫だと紹介されたのが、児玉里香さん…マリカさん。


彼氏である杉田さんに≪マリカ≫と呼ばせ、その友人である合田さんに≪リカ≫と呼ぶことを許す。

そして…彼氏の友人である合田さんを、≪紅葉≫と呼び捨てにする。


…何か変だ。

冷やかに注がれる視線、合田さんのぎこちない態度。

2人の間に謎めいた繋がりを感じると、ゆらり、燻る燠から黒い煤が立ち込めるように、暗い気持ちが生まれてくる。


…あの人と、どういう関係?

そんな事を聞けるような間柄ではないのに、問い質してしまいたい衝動に駆られる。

…それを聞いてどうするの?

電車が揺れるたび、目を閉じた世界がぐらりと回る。

ふつふつと湧き上がる暗い気持ちが、乗り物酔いにも似た不快感を更に煽り、額から冷たい汗が流れ出た。



『………』

車内アナウンスが、次の到着駅を告げる。

「山郷くん、そろそろ着くよ」

「…はい」

耳元で名前を呼ばれながら、軽く肩を叩かれると、寝ぼけたフリをして返事をする。


疲れ切っているはずなのに、色んな疑惑が渦巻いて、休むことの出来なかった思考回路。

もやもやした気持ちのままゆっくり目を開けると、車内の明かりを映した窓ガラス越しに、見慣れた景色が浮かんできた。

「…それじゃあ」

ずしりと重い身体を引き摺りながら、ゆっくりと立ち上がる。

「…今日はありがとうございました」

軽く頭を下げた拍子に、がくんとブレーキが掛かった。

「うわぁ」

バランスを失った身体が、ふらふらと合田さんの膝に倒れ込んだ。

「大丈夫!?」

心配する声が掛かるのと同時に、停車したドアの開く音が聞こえた。

「大丈夫です…」

やさしい手を振りほどく様に立ち上がると、閉まりかけたドアをすり抜け、ホームに下りる。

「おやすみなさい」

閉まったドア越しに手を振ると、心配顔の合田さんを乗せた最終電車が走り出した。


「…ありがとうございました」

小さな声で何度も呟きながら、合田さんを乗せた電車のテールランプが見えなくなるまで見送った…。



期末試験を終えた僕達を待っているのは、試験の結果と夏休み…。


悩み事に気をとられ、集中する事の出来なかった今回の試験。

期待できない結果が出るのを待ちながら、試験明け独特の怠惰な日々を送っていた。


夏休みを前に浮かれ始めたクラスメイトの中、浮かない顔で日々を過ごす僕に向かって、『追試組みへようこそ』、なんて、涼太がおどけてみせた。

女好きで、ちゃらちゃらしてるけど、そんな見た目と違って、中身は案外やさしくて、面倒見が良かったりする。

こうやって塞ぎこむ僕を笑わせようとしてくれるのも、涼太なりのやさしさなんだ。


そんなやさしさに気付きながら、笑顔を返すことの出来ない自分が情けない…。


でも、今の僕には、試験の結果なんて関係ない。

その後にやって来る、長い夏休みをどうやって過ごすか…そんな事すらどうでも良い。


だって…今の僕にとって一番の関心事であり必要な情報は、マリカさんと合田さんの関係だから…。



校舎北側にある非常階段は、日当たりが悪いお陰で、蒸し暑い昼休みも快適に過ごせる。

いつの頃からか、ここは僕の隠れ場所となっていた…。


「はあ…」

空を仰ぎながら大きく吐き出した溜息が、わんわんと鳴り響く蝉の声にかき消された。

「やだなぁ…」

堂々巡りを繰り返す自分の思考回路に辟易しながら項垂れた。


「また一人で溜め込んでるのか…?」

掛けられた声に振り向くと、ダメな僕を甘やかす、強くてやさしい親友…朝見が立っていた…。






「溜息ばっかり吐いてると、幸せが逃げちまぞ」

涼やかな目元を綻ばせながら、朝見がゆっくりと近付いてくる。


「そんな事言ったって…」


僕はハッピーエンドなんて想像していない。

だって無謀な恋をしてるんだ。

そんな僕から逃げていく幸せなんてあるはずがない…。


「溜息なんて吐いてない…深呼吸してるだけ」

朝見の言葉を笑い飛ばしながら、ちょっとだけ強がってみせる。

「そうか…深呼吸か」

隣に腰を下ろす朝見からは、ふわり、いつもの香りが漂ってくる。


…ああ、ダメだ。

この香りに包まれたら、弱い僕が出てきちゃう。


「試験結果が良くなくてさ…だから深呼吸して、気分転換してたんだ」

すうと視線を逸らして嘘を吐けば、溜息にも似た笑い声が隣から聞こえる。

「試験結果ねえ…」

嘘吐いた口元をつんと突かれたら、強がる気持はどこかへ飛んで行った。


「ああ、もう…」

そうやって僕を甘やかさないで。

弱い僕が縋ってしまうから。



「そんなに聞きたいの?」

話してしまえば楽になれるかもしれない。

だけど、それを聞いた朝見は…どうなるの?

「それでおまえが楽になれるなら…」


どうしてそんなに甘やかすの?

そうやって僕を楽にさせた分だけ、辛くなるのは朝見じゃないの?


「バカみたい…」

朝見の優しさは自虐行為みたいなものだ。

優しくした分だけ、自分が傷付いていく。

「…かもな」

そして僕は、そんな朝見に縋りつくんだ。


「俺の事は気にするな」

自嘲気味に笑う朝見を見てたら、胸の奥が痛くなった。

「でも…」

「いいから話せ」


ちくちく、胸に痛みを抱えながら、ぽつり、ぽつりと語る言葉を、朝見は黙って聞いてくれた…。



2人で出掛けたみなと祭り。

これが最後かもしれないと思って告げた気持ち。

聞かされた合田さんの気持ち。

ぎゅっと抱きしめられて、髪にキスされて…。


あの瞬間、僕達の気持ちは重なり合ったような気がしたんだ。


なのに…。

そこで出会った合田さんの友人と、その人の彼女。

冷やかな視線と、ぎこちない態度。

保護者の様な優しさに変わった合田さんの態度…。



「もうムリなのかな…」


なんて言葉を口にしながら、胸の内に感じた暗い気持も、拭いきれない不安も、吐き出した分だけ楽になってる。


「どうしてそんな風に思うんだ?」

「だって…」


朝見の顔には、捨鉢な態度の僕を窘める様な表情が浮かんでいる。

そんな目で見詰められたら、ずっと避けてきた考えまで口にしたくなるじゃないか…。


「あの人…マリカさんと合田さん…付き合ってたのかな?」


その言葉を口にした途端、胸の痞えが取れたような気がした…。


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