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スクール・バス  作者: 野宮ハルト
18/45

第18話


ピッ!!

トレーナの合図に合わせ、華麗に宙を舞うイルカ達。

しなやかな身体が水中に吸い込まれるのと同時に、ザバンと大きな水飛沫が飛び散った。

スピーディーでダイナミックなジャンプが繰り返される度に、ショープール近くの観客席からは悲鳴交じりの歓声が上がる。



「こうなるの分かってて、この席選んだんですか?」

前髪から滴り落ちる水滴越しに、軽く合田さんを睨んだ。

「ふふ…ここまで凄いとは思ってなかったよ」

イルカ達のジャンプによって作られた海水のシャワーを浴びて、悪戯っぽく笑う合田さんの髪からも水が滴り落ちていく。

「うわ、服までびしょびしょ…」

水分を吸って肌に纏わり付くシャツを引っ張って見せると、『ホントだね』なんて言いながら合田さんも同じ仕草をして見せた。

「確信犯…ですね?」

「さあ…どうかな?」

なんて惚けてみせる合田さん。

また一つ、合田さんの新しい顔を見つけた気がした。


「あ…かわいいッ!」

イルカ達の華麗なジャンプの次は、アシカのパフォーマンス。

濡れた髪なんかすぐ乾くから、なんて思いながらコミカルなアシカの動きに歓声を上げていると、ふわり、合田さんの香りが鼻を掠めた。


…あれ?


香りの元を辿るように顔を向けると、緩やかに微笑んだ合田さんの腕が伸びてきて、僕の髪を拭きはじめた。

「え!?あ!うわッ!」

いきなりそんな事されたら…。

海の動物達のショーのお陰ですっかり和んでいた僕の心臓が、どくり、激しい音を立てて動き出してしまった。

「あ、びっくりさせちゃった…ゴメンね」

なんて言いながら、戸惑う僕の髪を手にしたハンカチで丁寧に拭いてくれた。

それなのに自分はというと、ぶんぶんと髪を振って水分を飛ばすだけ。

水気を含んだ髪が束になって顔に掛かっている姿はワイルドというよりも、水浴びした後の犬みたいで、何だかかわいい。

ラフな服装と乱れた髪…合田さんの素顔を垣間見てしまった気がして、思わず見惚れてしまった。


「どうしたの?」

不思議そうな顔で見つめ返され、無意識のうちに合田さんの濡れた髪に手を伸ばしていた事に気が付いた。

「えッ…あ、あの…拭いた方が…」

僕ってば、何て事してるんだろ…しどろもどろに言い訳しながら、あるはずも無いハンカチを探す為ポケットを探してみた。

「ふふ…大丈夫、この陽気だよ?すぐ乾くって」

「でも…」

僕の髪は拭いてくれた…なんて思ったら、急に恥ずかしくなって合田さんの顔が見れなくなってしまった。

そんな僕の態度に気付いたのか、ショーが終わるまで合田さんは僕に話しかけてこなかった。


ショーが終わっても尚、名残惜しそうにプールを見下ろしながら去っていく観客達。

その波に乗りながら、僕達もアクアスタジアムを後にした…。



「次、何しようか?」

水族館見学を終えた僕達は、マリーナ沿いのデッキを歩いてた。

潮風が濡れた服と髪を乾かしてくれる頃には、僕の心も落ち着いてきて、

「コースター系はご飯前がいいですよね」

なんて普通に話せるようになっていた。

「乗り物系強いの?」

「結構何でもイケますよ」


マリーナからアトラクションのあるエリアまで移動する間、すれ違うのは親子連れやカップルばかり。

男だらけのグループも見掛けたし、男2人っていう人達も見かけた。

だけど、僕たちみたいに年齢の離れた男2人組なんていなかった。


僕達って、傍から見たらどういう風に見えてるんだろ?

恋人同士になんて見えないよね?


そんな事考え出したら、急に周りの目が気になって、合田さんとの会話も上の空になっていく。

「ホントは怖いんでしょ?」

口数が減った僕に気付き、合田さんがそんな軽口を叩いた。

「少し…」

無理に浮かべた笑顔は、きっとぎこちなく見えたはず。



そう、そういう事にしておいて下さい。

だって今の僕は、猛烈にヘコんでるんです。

男の人を好きになるって、簡単なことじゃないんですね。

好きって気持ちだけじゃダメなんですね。

色々乗り越えなきゃいけないものがあるって事に気が付きました。


肩を並べて歩く僕と合田さんの間には、微妙な距離がある。

≪知り合い≫よりは近いけど、≪友達≫になるにはまだ遠い。

まして、その先なんて遥か彼方…。


「コースター乗ったら、次はブルーフォール行きましょう!」

この距離を埋めるためには、もっと努力しなきゃいけないんだ。

自分から動かなきゃいけないんだ。


勇気を出して合田さんの腕を掴むと、コースターのある方に向かって走り出していた…。






「コースター系ってさ、前より後ろの方が面白いよね」

「何でですか?」

一番後ろの席を割り当てられちょっと不満気な僕は、青空を背に笑う合田さんを見上げた。

「一番前って見晴らしが良いし、受ける風とか気持ち良いけど、行き先が見えちゃってるから、面白さ半減する気しない?」

「そうですか…?」

「後ろの席って次の動きが予測できないし、車台が強く振られるから、かなり迫力が増すんだよね」

コースター系なら、一番前!

なんて思ってた僕には、そんな合田さんの言葉が新鮮だった。



順番待ちの列から見上げ時は『楽勝』なんて思ったのに、いざ乗り込んでみたら、なんだか胸がどきどきしてきて、

「顔、引きつってるよ」

なんて笑われた。

「潮風とかで、レール…錆びてそうじゃないですか?」

なんで心がざわつくんだろう?

理由が分からないから、自分の気持ちに適当な理由を付けて誤魔化した。


今日の僕はちょっとおかしい…。

こんな子供騙しみたいなジェットコースタなんかより、もっとスゴイのだって乗ったことある。

その時は≪ 楽しい≫って気持ちの方が強くて、≪恐い≫なんてちっとも思わなかった。

それなのに今の僕は、海の上に迫り出したループを疾走するコースターから聞こえてくる、楽しげな歓声にも負けない程大きな、自分の鼓動に怯えてた。



目の前にはレール、横を向けば海。

ガタゴトと軋む音を立てながら、上を目指すコースター。


コースターが頂上に達した途端、目の前に海が広がった。

「うわッ」

歓声を上げる間も無く、ふわり、一瞬の無重力感にお尻の辺りがむず痒くなり、ぐん、レールを滑り落ちて行くコースターの動きと潮の香りが、僕達を海中へと引き込んでいくような感覚に陥った。


右に左に、上に下にと振り回され、気が付けば男2人して大きな声で叫んでた。



3分間の空中散歩で僕達のテンションは一気に上がった。

ガガガッ!

スタート地点に戻ってきたコースターにブレーキが掛かり、ガクン、振り子の様に大きく揺れる頭すら可笑しくて仕方がなくなる。


安全バーが上がり、再び地上へと舞い下りた途端、足元がふらついた。

「大丈夫?」

しなやかな腕に抱きとめられ、息が止まりそうになる。


以前、スクールバスの中で、スーツを纏った合田さんの胸に抱き留められたことがあった。

あの時、あの瞬間からだと思う。

僕の気持ちが動き出したのは。

くすぐったい様な、むず痒い様な、なんとも言え無い未知の感覚を知ったのは…。


ポロシャツ越しに合田さんの体温が伝わってくる。

どくんどくんと、少しだけ早い鼓動が聞こえる。

爽やかな香りに包まれると、思考回路が麻痺してしまう。



「歩ける?」

心配そうに声を掛けられ、我に帰った僕の顔が赤くなる。

「え、あッ!だ、大丈夫です」

支えてくれた胸元を名残惜しげに見つめつつ、慌ててそこから身を剥がそうとすると、

「階段下りるまで支えてあげる」

なんて、さりげなく肩を抱かれた。


公衆の面前で男の肩を抱く合田さんに対し、周囲の人間が好奇な目を向けているのが分かった。

「や、あの…」

「階段から落ちて、怪我でもしたら大変でしょ」

腕からすり抜けようとする僕を笑顔で制した。

周囲の視線など気に掛ける様子もなく、平然と歩みを進める合田さんの側で、僕は小さくなっているしかなかった。


こんな事平気で出来るのって…合田さんは学校に勤めている人だから、だよね?


合田さんの気遣いをどう捉えていいのか分からなくて、僕は気分が悪い振りを続けるしかなかった。


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