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スクール・バス  作者: 野宮ハルト
16/45

第16話


『合田さんのその気持ちが何なのか…はっきり分かるまで、僕と付き合ってくれませんか?』


恋愛経験値ゼロのクセに、なんて大胆な事を言ってしまったんだろう?

相手の気持ちなんか二の次で、自分の都合を無理矢理押し付けてる。


『本当に好きになったら周りのことが見えなくなる』

以前朝見がそんな事言ってたっけ。

それって、まさに今の僕を表している言葉だよね。

何もしないでウジウジ悩むくらいなら、当たって砕けちゃおうかなって思ってたクセに、ほんの僅かに生じた隙に付け込む様な真似してる。

僕って、なんてずるくて、女々しくて、最低なヤツなんだろう…。

だけど、合田さんに恋心を抱かなければ、そんな自分知らなかったと思う。



≪付き合ってください≫なんて言ってしまったけど、そもそも≪付き合う≫って何なんだろう?


まずは告白してOK貰ったら、一緒に帰るんだ。

いきなりなんて恥ずかしいから、そのうち勇気を出して手を繋いでみる。

もうちょっと慣れてきたら、今度は肩に手なんか回してみるかも。

で、もっと慣れてきたら、きっとキスするんだ…やり方なんて分からないけど。

何回も何回もキスするようになったら、その後は…。

僕のことだからきっと、手を繋ぐに至るまでで、相当な時間が掛かりそう。

だから相手の女の子も、気が長い子じゃなきゃ上手くやっていけないかもね…。


… なんて想像してみた。


≪付き合う≫っていう言葉はきっと、≪あなたは僕の特別な人です≫って事を意味してるんだよね。

好きになった相手が女の子なら、僕が想像したような恋愛に発展していったはず。

だけど僕が好きになったのは男の人…。

もしも僕達が≪付き合う≫事になったとしたら、そこから先はどうなるんだろう?


≪好きです≫と気持ちを伝えて、木っ端微塵に砕け散るはずだった。

気持ち良いくらいキッパリ、スッキリ振られるはずだった。

今日が最後だって、これで終わりだって思っていたから、こんな展開になるなんて想像して無かった…。

だからなのかな?

いきなり現れたもう一つの未来予想図を前に、どう進んでいいのか分からなくなってしまった。



「付き合う…?」

合田さんは僕の言葉と気持ちを再確認するように、ゆっくりとその言葉を反芻した。

「はい…」

≪付き合ってくれませんか≫ なんて言っておきながら、正直その言葉の意味が理解出来て無い。

僕は困惑しながら、次の言葉を待っていた。

「どうすればいいんだろうね、こういう場合?僕は女性としか付き合った事ないから…」


合田さんは大人なんだから、それ位あって当然なんだ。

それなのに、見知らぬ相手に嫉妬してた。

女性としか付き合ったこと無いって言葉に胸が痛くなった。

好きだと言ってしまえば、お互いに居心地の悪い思いをするって分かってはずなのに、覚悟を決めていたはずなのに、合田さんの発する言葉一つ一つが新たな痛みを与えてくる。


「とりあえず…付き合ってみたとするね」

「はい…」

返事をする僕の声は小さくて、微かに震えてた。

「その結果、僕の気持ちが恋愛感情で無かったらどうするの? きっとお互い傷付くよね…そんな結果を見越して、≪好きになるよう努力してみる≫なんて、いい加減な事言わないよ…僕は、それでもいいのかな?」


その場の勢いだけで告白してしまった僕の気持は、合田さんの言葉で一気に沈んでいく。

1分でも1秒でもいい。

一緒にいられる時間が増えるならそれでいい…なんて、単純で我儘な考えなんだろう。

相手の隙に付け込む様ないやらしい告白をしたにも関わらず、合田さんは自分の気持を誤魔化したりする事無く、真っ直ぐ僕に向き合ってくれた。

その先に起こり得る事も想定して答えをくれた。

大人だからとか、年上だからといった位置からじゃなくて、僕と同じ目線で話してくれた。

そんな合田さんを前にしてしまうと、一方的に気持ちを押し付けただけの告白はあまりにも浅はかで、自分の幼稚さを改めて思い知らされた。

やっぱり合田さんは大人で、そんな合田さんに恋する僕はあまりにも子供で、年齢差だけでは埋めきれないものを二人の間に感じてしまった。

…これ以上醜態晒したくない、もう迷惑を掛けるのはよそう。


「あの…無理に付き合って欲しい訳じゃないんです…ダメならダメとはっきり言って下さい…僕、大丈夫ですから」


例えばそう…僕と合田さんのどちらかが女性だったとする。

そうだったとしても僕はきっと、合田さんに不釣合いな人間なんだって思った。

話せば話すほど、合田さんは高嶺の花で、僕の手など届かないと思った。


… 好きって言えたんだ、それで十分だよね?

そう自分に言い聞かせ、身を引くことを決心した。

「あの…」

意を決し、反らし続けていた視線を戻すと、何事か考え込んでいる合田さんと視線が合った。

「僕達ってさ、お互いの事何も知らないと思わない?例えば…好きな音楽や好きな色、好きな料理とか、とにかく何も知らないんだよね…付き合うって言う以前に、お互いの事知ってもいいんじゃないかな?」

「え…?」


ホントだ…。

確かに僕は、合田さんの事何も知らない。

好きな音楽どころか、年齢すら知らない。

何が好きで何が嫌いか、そんな事も知らないのに、なんで好きになったんだろう?

本当の合田さんてどんな人なんだろう?

知ったら知っただけ、もっと好きになっちゃうかもしれない。

そんな事になったらどうしよう…。


「安っぽい言い回しになっちゃうけど…友達から始めませんか?ってこれじゃダメかな…」

一昔前のドラマみたいなセリフに、思わず吹き出してしまった。

だけどそれが一番妥当なのかもしれない…。

「いいえ…こちらこそ、お友達からお願いします」

「宜しくお願いします」


まずはお互いを知るため。

合田さんが差し出してくれた手を握り返し、僕達は≪友達 ≫から始める事にした…。






僕の中にある、人との距離感…。


≪知り合い≫っていうのは、廊下ですれ違う時に挨拶したり、たまに遊んだりする程度の関係。

面倒だったら離れるし、気になるなら近寄って行けばいい。

それはそれですごくラクチンだけど、薄っぺらくてテキトウなその距離は、一時の楽しさしか与えてくれない。

≪友達≫となると、ある程度まで自分を曝け出していける代わりに、『ココから先は踏み込まないで』っていう暗黙のラインが引かれてる関係。

お互いの事、それなりに分かっているからこそ、共有できる時間は≪知り合い≫と過ごすよりずっと楽しくなる。

だけど時にはそれが枷となって、踏み込みたくても踏み込めないっていうもどかしい距離が生まれることだってある。

≪友達≫が≪親友≫に変ると、お互いの間にあった微妙な距離感が全て取り払われる。

そこには『どこからでも入って来ていいよ』っていう安息の場所があるんだけど、そこへ辿り着く為の方法って、実はよく分からないんだ。

だって、気が付いたら僕はその場所に辿り着いていたんだ。


その場所には、家族と一緒に居る時に感じるものとは別の安心感があって、どんな見栄も虚勢も必要ないから、素のままの自分でいられるんだ。


≪友達≫っていう関係をそんな風に考える僕だから、≪友達≫から始める関係っていうのはちょっと困るんだ。

どこまで手の内を見せればいいの?

どこまで踏み込んで行けばいいの?

もっとあなたの事が知りたいのに、最初の一歩が踏み出せない僕はただの臆病者。



最近、僕には年の離れた≪友達≫が出来た。

友達の名前は『合田紅葉』さん。

大学の図書館で働く、端正な顔立ちをしたとても素敵な男性。

合田さんが側にいるだけでどきどきするし、微笑みかけられると胸がきゅっとなる。

本当はいっぱい話したいのに、合田さんを前にすると、話し方どころか呼吸の仕方さえ忘れるてしまうほど胸が苦しくなるんだ。

こんなに苦しいのはきっと、何かの病気なんだって思った事もある。

そしたらこれは、≪恋の病≫だって事が分かった。


友達なんて言ってるけど、合田さんは僕の初恋の相手。

玉砕覚悟の告白は、『お互いを良く知るため』に、友達から始めるという形をとってリセットされた。

だって、あの時はそうするしかなかった…。

思いっきりフラれて、綺麗サッパリ忘れるつもりだったのに、そんな事言われたら≪友達≫というポジションに賭けてみたくなった。

そこから何かが変るかもしれないって思ったから…。


だけど僕は高校生で、合田さんは社会人。

2人で共有できるのは、毎朝学校へ到着するまでの僅かな時間。

合田さんとの都合があえば、時折一緒に昼食をとれるけど、それっぽっちの時間でお互いの何を知る事が出来るんだろう?

そんな想いがいつも胸を占めていた…。



あの告白から3週間以上経ち、身に纏う制服は重苦しいブレザーから、淡いブルーの生地が爽やかな半袖のワイシャツへと変っていた。


「なあ皐月、おまえ達ってどうなってるの?」

日陰に避難していないと、肌に当たる日差しが耐え難い季節になっていた。

さわさわと風が木々の葉を揺らす音を聞きながら、木陰でのんびりと過ごす昼休みは心地良い。

「うーん、どうって聞かれても…」

結局のところ、何も進展してないんだ。

お気楽な高校生の僕と違って、合田さんは社会人だから働いてる。

大学の職員なんて暇なんだろうな何て思っていたら、何かと雑務が多いらしくて、しょっちゅう残業してる。

さらに、勉強会とか、なんとか発表会とかいったものに参加するため、出張にもよく出掛けてる。

そんな話を聞いたり、忙しそうに走り回ってる合田さんの姿を見かける事もあるから、朝見を誘うみたいに『遊びに行きませんか』なんて安易に言い出せるはず無かった。



「とりあえず≪お友達≫からはじめたんだろ?だったらどこか遊びにでも行って来いよ」

「行けるものなら、とっくに行ってる…」

むっと不機嫌になる僕の頭を、よしよしと朝見が撫でてくれる。

拗ねた子供と、それをあやす大人…高校生にもなって、そんな事されてる僕。

だけどそんな朝見の行為は、いつだって僕のささくれた気持ちを癒してくれるんだ。


合田さんに会えない寂しさと時間を持て余した僕は、必然的に朝見といる時間が増えていく。

一時期生じた蟠りが嘘の様に、僕と朝見の関係は良好で、以前と同じ様にというより、以前にも増して親密になった気がする。

僕にとって朝見は≪親友≫で、すごく大事な存在。

朝見と一緒にいる時間が増えれば増える程、合田さんとの時間は減ってるって証拠。

女の子みたいで恥ずかしいけど、合田さんに会えない時間が増えるほど、不満や愚痴も増えていく。

僕のそんな不満や愚痴を黙って聞いてくれるから、朝見の優しさについつい甘えてしまう…。


ああ、僕って本当に最低だ。

僕の事≪好き≫だって言ってくれた朝見にとって、今の関係は辛くは無いのかな?

だって僕は、朝見の前で別の人の話ばかりしてるんだよ?

そうやってうだうだ悩みだすと、まるでそんな考えを見透かすかのように、黙って僕の頭をくしゃくしゃと撫でてくれる。

何か言おうとする前に、思いっきり優しい顔で笑ってくれる。


何でそんなに優しくしてくれるの?

僕はずるくて弱い人間だから、そんな風にされたらもっと甘えちゃうよ?

それでもいいの?


今日も朝見の優しさに甘えながら、僕は心の中で謝るんだ。

『ゴメンネ…』って。


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