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スクール・バス  作者: 野宮ハルト
13/45

第13話


青々とした芝生の上を爽やかな風が吹き抜けていく。


なのに今の僕は、朝見が発する激しいブリザードによって完全に凍り付いていた。

場の空気を読み取ることの出来ない男…涼太は、いつも通りのニヤニヤ笑いを浮かべたまま、ゆっくりと身体を起こした。

「朝見こそ、こんな所で何やってんだ?」

軽い口調で話す涼太の声に不快感を示すように、朝見の眉がピクリと反応した。

「せっかくの天気だし、昼寝でもしようと思ってたんだ…そしたら…」

朝見の視線が一瞬僕に注がれた。

「そしたら?」

続きを促すように、涼太が相槌を打った。

「… 誰だか分かんなかったけど…なんかさ、無理矢理襲われてるように見えたから、助けに入ったんだ…そしたら、おまえらだった」


不埒な行為を見逃すことなく助けに入る。

朝見のそうした行動は決して恥ずべきものではないし、むしろ誇るべきものなのに、その顔に浮かんだ表情は酷く不機嫌なものだった。


「助けなんか必要なかったな…」

朝見はそれだけ言うと、踵を返しこの場から立ち去ろうとした。

「待てよ!」

立ち去ろうとする朝見の腕を涼太が掴んだ。

「何?」

「まあまあ、いいから座れや」

益々不機嫌になっていく朝見の両肩に手を掛けると、無理矢理僕の前に座らせた。


「何が原因か知らねぇケドさ、いい加減仲直りしてくんねえかな?おまえら見てると本気でイライラすんだよなぁ」

軽い口調とは裏腹に、涼太の顔に浮かんだ表情は酷く真剣なものだった。

「この先どうするかは自分達で決めろよな…オレはこれ以上お節介する気もないし…つーことで、先に教室戻ってるわ」

制服に付いた芝生と埃をぱんぱんと払うと、涼太はそのまま校舎に向かって歩き出した。



後に残された僕達は、お互いに視線を逸らしたまま話し出すきっかけを見つけてた。

…このまま黙ってたら、昼休みが終わっちゃう。

焦燥感に駆られながら、せっかく涼太が作ってくれたこのチャンス、無駄したくないと思ってた。

「はは、ホントお節介だね…涼太って…」

重苦しい空気を打ち破ろうと発した言葉に、朝見の表情が更に曇っってしまった。

「…そうか」

「え!?」

僕の言葉を聞くのと同時に朝見は立ち上がり、苦しそうに歪められた顔をふいと逸らしてしまった。

…何でそんな顔?

朝見が浮かべた表情に、胸の奥がギシリと軋む様な音を立てた。


「待って!」

言葉よりも先に伸ばされた腕が、黙って立ち去ろうとする朝見の制服を掴んでいた。

「行かないで…」

縋るようにぎゅっと制服を握り締めると、困惑する朝見の視線が制服の掴まれた部分へと落とされた。

「迷惑…なんだろ?」

感情の込もらないひどく平坦な声が、冷たく僕の心を突き離そうとする。

「違う!さっきのは朝見じゃなくて、涼太の事…」


朝見を引き止めておいて、僕は何を伝えたいんだろう?

『この前のことは全部忘れて、友達からやり直そう』、なんて事を言いたいわけじゃない。

僕がしたいこと…言いたいこと…すっと逃げ回っていたけど、こうやって朝見と対面してみて分かった気がする。

朝見の気持ちを聞いておきながらこんな事考えるのってすごくズルイけど、やっぱり僕は朝見と一緒にいたいんだ。

色んな話がしたいんだ。

だけどそんな我侭は、朝見の気持ちを乱すだけで…。


自分の気持ちを上手く言葉に出来なくて、だけど言葉にするのが怖くて…もどかしさにきゅっと唇をかみ締めながら朝見の顔を見上げてた。


「ごめんな… 俺、皐月を困らせてばっかりだ…」

端正な顔を苦しげに歪めながら、朝見は再び僕の前に腰を下ろした。

「そんなことない、困らせてるのは僕のほうだよ…」

苦悩を浮かべていた表情をふっと緩めると、朝見の指先が僕の頬をすっと撫でていった。

「そんな顔させる位なら何も言わなきゃ良かったな…そしたらずっと、おまえの側にいられたのに…」

下ろされた朝見の袖口からは、いつもと違う香りが漂ってきた。

「あれ?違う…」

爽やかだけど、どこかスパイシーさのある香り…。

この香りも朝見に良く似合っているけど、慣れ親しんだものと違う香りは、どこか僕を不安にさせた。

「違うって…何が?」

「朝見の香り」

「香り?ああ、変えたんだ…」

「何時から?」

「さあ?何時からだったかな…忘れた…」


そっか…じゃああれはやっぱり夢だったんだ…。

あまりにもリアルすぎた夢を思い出した僕は、無意識のうちに自分の唇に触れていた。


「さっき涼太が言ってた事だけど…」

僕の口元を見つめていた朝見が、ふと思い出したように言った。

「え… 何か言ってたっけ?」

「キスの手ほどきとか何とか…」


目の前にいる朝見と、夢の中で僕にキスをした朝見…頭の中で二つの映像がリンクした瞬間、リアルなキスの感触を思い出し、かっと頬が熱くなるのを感じた。

「べ、べつに…何でもないよ…」

浮かんだ映像と、思い出してしまった感触を頭の中から追い出そうとして、頭を左右にぶんぶんと振れば、僕を見詰める朝見の眉が訝しげに顰められた。






「あのさ…」


こんなに動揺してたら、言いたい事の半分も伝えられない。

ふう…何度か深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせると、じいと朝見を見つめた。

「さっきのはさ…冗談なんだ…涼太がふざけてただけだから…」

やましい事をしていた訳じゃない、だけど変な誤解はされたくない。

「…キスってどんなカンジなの?って聞いたら…涼太が僕の唇触ろうとして…」

先程のやり取りを思い出した僕は、忌々しげに手の甲でぎゅっと唇を拭った。

「で…あんな紛らわしい事になってたってワケか」

むすっとした声で話す朝見の顔はなんだか不機嫌で、自分の言いたかった事が上手く伝わらなかったのかと不安になった。


「呆れてるでしょ?」

「ふふ…いや、相変わらずだなと思ってさ…」

ふっと漏らした笑みは以前と変わらず優しくて、離れてしまっていた僕達の距離がちょっとだけ近づいた気がした。

「おまえ、涼太とつるんでて大丈夫なのか?」

心配そうな瞳が僕の顔を覗き込んできた。

「なんで…?」

「皐月さ…本当は涼太のこと苦手なんだろ?」

朝見が片側の口角だけを上げてニヤリと笑う時、それは僕の考えなんてお見通しだよって言うサイン。

「…ちょとだけね」

朝見に嘘吐いても仕方ない…僕は正直に認めた。

「うん…そうだね確かにちょっと苦手だし、面倒臭いなって思う時もあるけど、あれで案外面倒見が良かったりするんだ」

「涼太が?」

口には出さないけど、朝見の顔には『ありえない』と言う表情がはっきりと浮かんでいた。

「うん、その涼太が…」

男の友情よりも、女の愛情を取りそうな涼太が、甲斐甲斐しく友達の面倒を見ている…そんな姿を想像した途端、朝見が大爆笑した。

それにつられる様にして、僕も笑い出した。


ひとしきり涼太をネタに笑い合うと、僕と朝見の間に生じていた亀裂が徐々に埋まっていくのが分かった。


… ああ、やっぱり朝見と一緒にいると落ち着く。

それは他の誰と一緒にいても決して得る事の出来ない穏やかで心休まる時間で、疲弊していた僕の心に久しぶりの安息をもたらしてくれた。

心地よさに大きく深呼吸すると、さわさわと木々を揺らす風がワイシャツの隙間から入り込み、逃げ場を失った風たちが背中の部分を風船のように膨らませた。


「なんか皐月の笑った顔、久しぶりに見た気がする」

「僕だって…でも朝見って教室じゃあんまり笑わないよね?何でいつもあんなにむっつりしてるの」

「普通笑いたい時しか笑わないだろ…つーか、むっつりじゃなくて寡黙とかクールか言えないのか?」

中指で軽くおでこを弾かれると、痛いはずなのになぜかまた笑いが漏れた。


「もっと早くおまえと話せばよかったな・・・色々悩んでるみたいだし…」

くすくす笑っている僕の顔を見ながら、朝見は溜息を洩らした。

お互い教室や廊下ですれ違うだけの日々を過ごしてたはずなのに、どうしてそんな事が分るんだろう?

「悩みの一因は俺にもあるしな…」


僕の悩みは、合田さんへのわけの分からない感情から始まった。

そしてそれは朝見への相談を経て、告白を受けるという事態へ繋がった。

でも朝見がいたから、自分の本当の気持ちに気が付いた。

その気持ちが何なのか分かった時、それを認めたくなくて凄く苦しかった…。

だけどあの時、自分の本当の気持ちを知ろうとしなかったら、今もきっと先が見えない闇の中でもがき続けていたかもしれない。


「朝見には感謝してる…」

「え?」

「告白するのって凄く勇気がいることだよね…それがどれだけ大変な事か今迄全然分らなかった…でも今ならなんとなく分かる気がするんだ、人を好きになるって気持ちがどんなものなのか分かったから…朝見には辛い思いさせただけだったね…ゴメン…でも…ありがとう」


朝見と一緒にいる時間が好きだ。

穏やかで、ゆったりとした時間が流れるこの空気が好きだ。

でもそれは友情であって愛情とは違う…。


「いいんだ…俺は皐月の笑っている顔が見られればそれでいい、その笑顔が誰に向けられていたとしても、おまえが幸せになってくれればそれでいいんだ…」

「朝見…その優しさ…ずるいよ」

目の前にある朝見の姿が、ぼんやりと霞んでいく。

「泣くなよ、皐月…」

そう言われて、自分が涙を流している事に気が付いた。

「俺が側にいてやるから…泣くな…」


…あれ、この言葉どこかで?


ふっと浮かんだ既視感に囚われていると、朝見が僕の頬を思い切り引っ張った。

「不細工になるからそれ以上泣くな」

少しおどけた顔でハンカチを差し出されると、浮かびかけた記憶の欠片は頭の奥へと飛び去ってしまった。

「な、泣いたら誰でも不細工になるって」

「そうか?ま、かわいい顔して泣かれるよりいいか」

そう言ってククッと笑った朝見の顔がちょっとだけ≪男≫の顔をしていたから、なんとなく落ち着かない気持ちになってしまった。


今はこうして気軽に話せているけど…この先僕達はどうなっていくんだろう?

自分勝手で我侭な願いだって事分かってるけど、出来る事ならもう一度≪親友≫に戻ることが出来ないかな…。

今度こそ逃げないで、ちゃんと朝見と向き合おう、それと自分とも。

言わなきゃ僕は前へ進めない…。

そう決心すると、切れ長で少し眦の上がった朝見の瞳と視線を合わせた。



「あのね…ずっと考えてたことがあるんだ」

意を決した僕の声に、朝見の表情が引き締まった。

「何?」

「このままじゃ嫌だから…思い切って告白してみようと思ってるんだ…」

僅かに眉が動いたけど、端正なその表情は崩れること無く、じっと僕に向けられたままだった。

「それが…皐月の出した答えか」

「うん…どんな結果になってもいい…だってもう結果見えてるし…」

僕の脳裏には、あの日合田さんが見せた困惑の表情が浮かんでいた。

「結果見えてるって、どういう意味だ?」

「それは…」

迷いを断ち切るように頭を振ると、朝見に向かって軽く微笑んで見せた。

「うん…実はね…」


… ごめん朝見、もうちょっとだけその優しさに甘えさせてもらってもいいかな?

心の中で何度も謝りながら、僕は合田さんと一緒に過ごした昼食での様子を朝見に話した。


「それでも言うつもりなのか?」

いきなり告白すると言い出した僕の態度が腑に落ちないらしく、朝見は心配そうな表情を浮かべていた。

そんな顔されると、せっかく決心した気持ちが揺らいじゃうよ…。


「自己満足…って言ったら変かもしれないけど、何もしないでウジウジ悩むくらいなら、当たって砕けちゃおうかなって思って…それにさ、自分が痛みを知らなきゃ、他の人の痛みも分からないと思って…」


人を好きになるという気持ちが分かった。

恋をするという気持ちが分かった。

その楽しさや辛さも味わった。


だからこそ勝算の無い告白しようと決めたのは、今迄僕へ好意を寄せてくれた人達に対しての贖罪なんだ。

告白をする為にどれだけの勇気が必要だったのか、無下にあしらわれる事がどれだけ辛かったのか…自らそれを知らなければ、僕はここから先へ進めない。

「ふ…そんな事考えてたのか?なんだか少し成長したな、皐月」

まるで子供の成長を喜ぶ父親のように表情を綻ばせると、大きな手が僕の髪をクシャリと撫でた。

「これでも成長期だからね…」

「お前の場合、やっと思春期に入った程度のレベルだけどな…」

「む…失礼だなぁ」

「怒るなって…ホントの事だろ」


朝見に話したことで、ずっと心に引っ掛かっていた重石が取れた気がした。

二人の間にあったわだかまりが取れた気がした。


午後の授業の開始を知らせるチャイムが鳴るのにあわせて立ち上がると、心地よい風が吹き抜ける中庭を後にした。


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