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大人味に挑戦してみた。

コーヒーはいい。チューハイの次にリラックス出来るものだと思う。味、香り、そして何よりもカップから出る湯気に顔を当てるのが好きだ。それは紅茶でもできるって言われるかもしれないが、コーヒーの湯気と紅茶のそれとは違う。うまく説明できないけれど、コーヒーの湯気の方が好き。

 一人コーヒーを飲んでいると、蛇がにょきっと顔を近づけてきた。


「何を飲んでいるのだ?」

「コーヒーです。少し苦めですがおいしいんですよ」


 蛇にコーヒーの入った熱々のカップを差し出すと、蛇はくんくんと匂いを嗅いだ。


「いい香りだな。それに湯気が顔に当たって心地よい」


 蛇の感想を聞いて私は少しにやけた。自分と同じことを感じる人がいるっていいね。蛇は人じゃないけれど。


「飲んでみますか?」


 それにコクンと頷いて、蛇はカップの中に舌を伸ばした。もちろんフーフーするのを忘れない。


「……苦い」


 蛇は顔をしかめてそう言った。


「よくこんな苦いものが飲めるものだな」

「大人の味と言ってください」


 大好きなチューハイもお酒特有の苦さがありますが、それは大丈夫なんでしょうかね。


「それはそれ、これはこれなのだ」


 よそはよそ、うちはうち。どこかのおかんが言うあれに似ていますな。もっと甘いかと思った、と蛇はがっかりしたようだ。私も子供の頃に初めて飲んだ時、甘い香りに騙された気分になったなぁ。だから少し蛇の気持ちもわかる。私は子供でも飲めるようになる、あの奥の手を使うことにした。

 カップの中に、用意していた白い液体と粉を投入する。


「な、なにするのだ!」


 蛇が慌てているのを笑いながらスプーンでカップの中身をかき混ぜる。黒から柔らかい茶色へ変わったのを見て、そろそろ混ざっただろうと


「今から苦いコーヒーが甘いコーヒーに変わります」


 私は蛇にもう一度カップを差し出した。蛇は匂いを嗅いではくれるが、私を疑いの目で見る。


「本当ですよ。子供の私でも親にこうしてもらったら飲めたんですから」


 大人ぶりたい子供の誰もが通る道なんです、と言うと蛇は恐る恐る舌を出して飲んだ。そしてハッと息を飲んでカップを覗いた。そして私を見て信じられない、という顔をする。


「飲めた……っ」

「飲めましたね。コーヒー」

「大人味を飲めたのだ」

「……そういうことにしておきましょう」


 蛇は本当にうれしそうに長い身体をぱたぱたと動かしている。そんな姿を見れば、いつも得意な皮肉もどこかに行ってしまった。微笑ましくその様子を見ていると、蛇がキラキラとした目で私に尋ねてきた。


「其方がコーヒーに入れたのは、白い液体と粉であったな。それは何というものであるのだ?」

「ミルクと砂糖ですね。ミルクで少しまろやかになって、砂糖で甘くなるんです」


 軽い説明を加えつつ、私はそう答えた。蛇は便利なものであるな、と言ってなにやら考え始めた。変な事を思いつかなければいいが……そんな私の思いも虚しく思いついてしまうのが蛇である。



「『びーる』にも『みるく』と『さとー』を入れればおいしくなるのではないか?」


 このおばかさん!


「……止めはしませんよ。勧めもしませんが」


 なんて蛇は子供っぽい……いや子供に失礼だ。なんて単純な頭なのだろうか。私は冷蔵庫からビールの缶を取り出し、コップに大量のミルクと砂糖と共に入れてあげた。人も蛇も経験して学んでいくのだ。失敗から学ぶこともあるだろう。蛇は目を輝かせてそれを飲んだ。


「……」

「うむ、美味であるな」

「……なんかすいませんでした」


 なぜか純粋すぎる子供を苛めた気分になってしまった。私はまた飲もうとする蛇を必死に止めて、代わりに色の似ているオレンジジュースを献上した。


「どうしたというのだ?これはこれでおいしいが、」


 私はビールを処理しながらまた蛇に謝った。


「ほんとすいませんでした」



 ミルクと砂糖を入れたビールは、どこかで味わったことがある気持ち悪い味がした。

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