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蛇とコンビニ

 ピンポンピンポンピンポーン……


「いらっしゃいませー」


 聞きなれた入店の音と店員のけだるげな声が店内に鳴り響く。私は迷うことなく奥の冷蔵スペースへ行き、品定めをした。今の気分はチョコケーキかな。私はチョコケーキを二つとってカゴに入れ、他にも欲しい物はないかと店内を物色する。

 雑誌コーナーに若い男が立ち読みをしていた。私もなにか見ようかと思っていると、ち〇おが置いてあるのを見つけた。蛇が毎月熱心に購読しているものだ。私はなんとなく手にとってみた。星がこぼれ落ちんばかりに輝いている、ぱっちりとした目の女の子が笑っている。ついつい私はこんなに顔を輝かせて笑った事があるだろうかなんて考えてしまった。

 いかんいかん。私はそんな暗い事を振り払うように、今月の付録を確認する。


「今月はうさ子のハッピー・キラキラチャーム、か--」

「これはハッピハッピクローバーのうさ子が持っているのを模した物だ。よく出来ているものだな」


 完全に独り言のつもりだったから、返されると思わなかった。焦る。

 少し気まずい思いをしながら隣をちらりと見ると、そこには美しすぎる若い男がいた。浮世離れした美しい顔に、白銀の長い髪。芸能人だろうか。私は数少ない記憶に残っている有名人の顔を、目の前にいる男に照らし合わせていく。


「『すとらっぷ』も付属されているから、いつでも身につけていられるのだ。帰ったら早速我もつけてみようと思う」


 我?私は首を傾げた。この人も見かけによらず厨二かな。美形の厨二とは残念過ぎるけれど、ちゃ〇好きなのは否定しない。私の知り合いにもそういう人いるからね。


「そうですか。楽しみですね」

「うむ。其方もこれを機に買ってみるがよい」

「はぁ」


 さっきから後ろで陳列を行っているチャラそうな店員、手が止まっているぞ。ちらちらとこっち__主に男の方を見ている。こいつ〇ゃお読むのかよ、って顔だ。それが普通の反応だったな、なんて悲しくなってくる。


「ところで其方、ち〇おの中ではどれが一番気に入っておるのだ?」


 この男、まだ話しかけてくるんですが。結構素っ気なく返していたつもりなんだけど。そろそろ適当な所で切り上げたい。


「『キューティーポップにきいてみて!』ですかね、やっぱり」


 蛇がこれが今いちおしなのだ、と騒いでいたのを思い出して上げてみる。すると男は顔を輝かせた。


「我もだ。続きが気になって大変なのだ。いつもなぜ週刊ではなく、月刊なのだと思ってしまう。そうか、其方も好きだったのか……迂闊だった。我は知らなかったぞ。」


 そりゃ当然でしょうよ、初対面なんですから。

 一人盛り上がっている男が「キューティーポップにきいてみて!」について熱く語ろうとしているのを察して、私はち〇おを購入することを決めた。550円で美形を振り切れるなら安いものだ。帰ったら蛇に献上してあげようではないか。


「ではまた後で会おう」


 レジに行く私に男は微笑んだ。


「……んん?」


 ピンポンピンポンピンポーン……


「ありがとうございましたー」


 私が何も言えぬ間に男は、何事もなかったかのようにコンビニの外に出ていった。また後でってどういう事なのだろう。謎だ。



「おぉ、戻ったか」


 私が帰ってくるまで、蛇がそわそわと待っていたらしい。ドアを開けた私にすぐ気づくと、こっちに早足でやってきた。口にハッピーキラキラチャームをぶら下げている。袋に顔を突っ込んで中身を確認すると、蛇は嬉しそうな顔をした。


「うむ、ちゃんと買ってこれたな」

「蛇さんにあげようと思ったんですけど、もう買ってたんですね。どうしよう」


 私は袋を見て苦笑した。元々見知らぬ男を振り切るために買ってきたものだけど、このまま捨ててしまうのももったいない。流し読みくらいしようかな。

黙っていると、蛇が袋を破って付録を出した。携帯電話たるものを出せ、と言われて蛇に傷だらけのスマホを渡す。蛇は器用にもチャームをスマホにつけた。手がにょきにょき生えてきたのは見て見ぬふりをする。そして蛇はニコリと笑った。


「これでおそろいだ」


 飾り気のなかったスマホに可愛らしいチャームがゆらゆらと揺れている。それは女子大生が付けるようなものではなかったけれど、なにか大切なものに思えた。


「……おそろいですね」

「うむ」


私たちは一人と一匹で微笑み合った。


「それにしても其方がち〇おを読んでいたとは知らなんだぞ」


 蛇が言った。


「たまたまです」

「嘘なんて必要ないぞ。我らの仲故に、隠し事はなしだ」

「嘘じゃないですってば……」


 本当に変な男を振り切るために買ったんですよ。そう言うと蛇はとんでもないことを口にした。


「む?先程『キューティーポップにきいてみて!』が気に入っておると言っていたではないか」


 私には蛇にそんな事言った覚えがない。私が言ったのはコンビニで会った初対面の若い美青年で--


「……」


 私は若い美青年にそれを言ったはずだが。蛇はあぁ、と今思い出したかのような顔をした。


「我は人間にもなれるのだ。其方にはまだ見せていなかったか。人間は『入れ物』が変わったら我が誰だかわからなくなってしまうのであったな」


 大事な事は早く言ってくれ。頭が痛くなる。


「そういうことは早く教えてください。蛇さんに何処かで会っても気づけないなんて嫌ですよ」


 そう言ってムッとする私に、蛇は優しく笑った。


「我は気づく。其方が男の姿、子供の姿でも。たとえ人ではない異形の姿になっても我は気づくことができる」



 だから其方は我に気づかなくても大丈夫なのだ。我が見つける。


 そう言われて私は嬉しいと思うと同時に、少し寂しくなった。仲良くなっても蛇はあまり自分の事を語ろうとしない。私に踏み込まれたくない場所があるんじゃないだろうか。

 ち〇おとチューハイが好き。それ以外は蛇の事を何も知らなかった事に、今気づいた。

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