どうすれば我も
蛇にもたれかかりながら本を読んでいると、伸ばしっぱなしになっている髪の毛がふさふさと動いているのに気が付いた。
何してるのかな。ちらりと横を向くと、蛇が私の髪の毛に顔を突っ込んでいるのを発見した。
「……何しているんですか」
むにむに。私は蛇の頬を軽くつまんで、赤ちゃんの肌の様に柔らかいその感触を楽しむ。
「ひほひおはいでるのだ」
匂いを嗅いでいるのだ、だそうだ。蛇は頬で遊ぶ私に、文句ひとつ言うことなくされるがままになっている。彼は怒ったりする事はないのだろうか。疑問だ。
「大した匂いじゃないですよ」
私は今どきの女の子みたいに朝シャンしたり、柔軟剤多めにしたり、香水をかけたりもしない。良い匂いを発信する側ではなく、享受する側である事は間違いないだろう。休み時間にトイレに集う女子の横を通りすぎる時は、必ず思いっきり息を吸い込む事にしているくらいだ。この変態野郎って?ほざけ。
「良い匂いであると思うが」
こうして嗅いでいると落ち着くのだ。蛇はそう言って目を細めた。あ、この目はリラックスしている時のだな。心からそう思ってくれているのだろう。私は蛇の頭を撫でた。そんなこと言われたら照れちゃうじゃないか__
「どうすれば我も『ちゅーはい』と同じ匂いになるのだ?」
はい、そうきましたか。私は蛇の頬から手を放した。そして自分の顔をそれで覆う。一瞬でも期待した私が馬鹿だったんだ。肩を落とす私を慰めるかのように、蛇は私をポンポンとする。
「我は人間とは違う。だからお前と同じ匂いに簡単になれると思ってはおらんかったからな……」
「違うわ」
だから良いのだ、と少し悲しげに目を伏せた蛇に私はツッこんだ。チューハイと同じ匂いがすると言われて喜ぶ奴がどこにいる。酒臭いなんて女子大生として終わりだと思う。
「我だったら喜ぶが……」
貴方は黙っててください。私は蛇をキッとにらんだ。
私は頭の中を整理させる。これは蛇と話していて混乱してきた時に必ず行う事だ。蛇の感性は常人の理解を超えてくる。会話を成立させる方法はただ一つ。その超えてくる感性を理解する、それだけだ。
彼の世界を構成するものは、ち〇おとチューハイであると言っても過言ではない。なんでそうなってしまったかは知らん。知りたくもない。
たぶん蛇は私から『ふるーてぃー』な香りがすると言いたいのだろう。チューハイとフルーティーがイコールであると思っているフシがあるからね。そして髪の毛からフルーティーといえば……シャンプーの事だろう。蛇はシャンプーの香りが好きだと言ったのだ。
蛇は恐々と私の様子をうかがっている。私はため息をついて蛇を見た。
「……なにか我は客人に失礼な事を言ってしまったのだろうか?」
そんなわけないでしょ、馬鹿。私は蛇の頭におでこをつけた。蛇はハッとして私を見つめる。
「蛇さんも『ふるーてぃー』な香りになってみますか?」
「な、なれるのか!?我も」
蛇の凄く嬉しそうな顔につられて私も自然と笑顔になる。
「はい。おそろいにしましょか」
シャンプーで丁寧に洗い終わった後、私達はいつも通り一緒に寝転んだ。全身を洗うからボディーソープがいいのではないかと一応勧めたのだが、きっぱりと断られた。おそろいでないと嫌らしい。
「これでおそろいだな」
「はい、おそろいですね」
満足そうに言う蛇に、私は言えなかった。
フルーティーな香りなのはシャンプーじゃなくて、ボディーソープの方なんです。それにボディーソープも私は毎日使っているのでおそろいになりますよ。
……本人がご機嫌ならそれで良しとしよう。




