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大学二年生の初夏、私は初めて

 蛇の頭に乗ってお昼の水上散歩をしていると、家のドアの逆側にある大きな森から中年になりかけの男が現れた。

 小ざっぱりとしたシンプルな服を着ていて、遠くなので目を凝らすとアジア系の顔だちに見える。日本人ではないかな。男は森の傍にある祠に近づくと、掃除をし始めた。

 この湖で初めて人を見た、と普通に驚いている私に蛇は「我は一応祀られているのだぞ」と言って鼻をふんと鳴らした。

 高級酒よりもチューハイが好きで、寝る前に体を撫でてもらうのが好きで、〇ゃおを愛読している蛇が神様。何もしていなければそれっぽいのに、惜しい奴だ。

 蛇と話をしているうちに仕事が終わったらしい。男は祠から目を離して、そして湖を--湖の真ん中を驚愕の目で見つめた。


「あやつ、我らを見ておるぞ」

「いやいや、この部屋を見ているんだと思いますよ。自分が祀っていた湖に知らぬ間に人工物できていたら、誰でもびっくりするじゃないですか」


 目を細めて男を見ている蛇に、私はそう言った。しかも神聖な湖に相応しくない大学生の部屋が現れたのだから、驚いて当然だ。私だったらたぶん怒っていたと思う。


「早く隠れるのだ」


 私の言葉なんて聞いていなかったらしい蛇は、私を急かした。今度は男が私を見ているのだという。神様の頭に乗っている女。そりゃ見るよね。


「え?」


 どこに。蛇の頭の上に隠れる所なんてない。どうしろというんだ。蛇は私の疑問に、親切にも行動で示してくれた。

 蛇は頭の上で黙ったままの私をひょいっと空中に放り投げると、そのまま自分の口の中に飲み込んだ。

 突然口の中に入れられてしまった私は、真っ暗で生暖かいそこに珍しくも動揺していた。


「え、え?」


 大学二年生の初夏、私は初めて口の中に入れられてしまいました。


「どうしたのだ、怖いか?」


 もぞもぞ動いて安定する場所を探す私に、蛇はいつになく優しくそう尋ねてくる。


「もう大丈夫だ。あの人間の目になど、お前を入れさせぬ」


 蛇が口を開くたびに光が漏れ、外の様子が僅かではあるが見える。私の目が正しければ、男がこっちを見て真っ青な顔をしているのだが。怖いのは私ではなく、あの男の方だろう。私が生贄のように見えているんじゃないだろうか。

蛇は立ちすくんでいる男を見て言った。


「我に何か用か。何もないのなら今すぐここから立ち去れ」


 なんて威圧的な言葉だろう。私は心底男に同情した。たぶん初めて蛇が人を食している姿を見てしまったのだろう。次は自分が生贄として要求されるのではないかとでも思っているに違いない。

 というか蛇は私を隠すために口の中に入れたんだろうけどさ、話したら私見えちゃうよね。全く意味ないし、向こうからしたら食べてるみたいに見えるから無駄に恐怖を与えると思うんだ。


「む、そうか……我としたことが」


 蛇はたった今気が付いたというように、人間でいうと肩をしょんぼりと落としたような動作をした。見かけによらず、おちゃめな奴め。



 私は落ち込んでいる蛇の口を押し開け、理解できない言語を叫びながら森へ逃げ帰る男を見て思った。この湖に人が来ないのは、近くに人が住んでいないからじゃない。簡単に私の部屋を湖に出現させることが出来るくらい大きな力を持ち、神神しい姿の蛇が怖いからだ。

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