陛下という男 2 -Magic test
「止まれ!」
アリエスの声に、少女が慌ててスライディングをする格好でブレーキをかける。
「どうしました?」
「嫌な気配だ……遠くから見られているような」
周りを見渡すが、人の気配は感じられない。遠視の魔法だろうか?
「気を付けろ。罠やも知れん」
二人は背中合わせに警戒する。先ほどまでの雇われたゴロツキとは異質な、殺意とも取れる気配が漂う。
「アリエスさん」
少女の視線の先にいたのは、火神秀臣だった。
「あれは……」
見慣れない服装といい、背格好といい、カガミに違いない――はずなのに、どこか違う。
「お前は誰だ」
アリエスの問いに、秀臣は反応しない。
「繰り返し問おう、お前は――」
誰だ。と言おうとして、秀臣の突撃を既の所で躱した。
――速いッ!
「くッ!」
不自然な体勢から受け身を取り、体勢を立て直す。
「アリエスさん!」
秀臣はすぐさま少女へと向いて一瞬で少女との間合いを詰め、襲いかかる。
「ぐッ……!」
少女は蹴りを腕で防ぎ、軽く斜め後ろへ跳んだことで衝撃を軽くしたものの、10メートル近く吹き飛ばされた。
アリエスは息を整えながら、現状を素早く考察する。
あの様子ならダメージはほとんどないはずだ。問題はこの少年、カガミ。彼は異世界で学生の身分であり、こと戦闘における経験は皆無。例の能力は本人に自覚があるとは思えない。操られているのであれば操者はそう遠くないはずだが、気配はなく見える範囲に怪しげな人影もない。先ほどの見られている感覚が遠視ならばずっと遠いところにいるはずだ。ということは、カガミが本物とは限らないか。
「何者かは知らないが、邪魔立てするのなら斬る」
殺気を込めた瞳で秀臣を見据え、剣の柄に手をかける。と、秀臣が腰からナイフを抜く。
――カガミはナイフを持っていなかったはずだが……。
偽ならばなにを持っていてもおかしくはないが、操られているとしたら、誰かに渡されたか。
秀臣が地を蹴る。急所を狙われないように身体を斜めに構えている。脇を締めてナイフをしっかりと握り、刃を視線に合わせている。
――戦い慣れているな……。
最小限の動きで的確なナイフさばき。明らかに別人の動きだ。これは操られている動きではない。だが偽物にしても殺気がない。
「ッと!」
ほんの少し考えた間に鋭い攻撃が頬を掠める。
「フッ、久しぶりに楽しめそうだ」
* * *
真紅の杖に、オーラのような黄色の光が纏う。
「さあ、どうするかね? 殺す気で戦わないと、やられるぞ」
「陛下、あの魔法は……?」
ギズが不思議そうに質問する。
「ふむ、これは実験段階のものだがね、彼のほうが詳しい」
奥で水晶を見つめるフードコートの男を見る。
「博士、彼に説明してやってくれ」
「そんな大層なものじゃありませんよ。一言で言えば、遠隔幻影魔法です」
一言を聞いて、ギズが驚く。
「幻影? あれが幻影だっていうのか? しかし……」
そう、今まさにアリエスと戦っている。刃を交えて。
「ええ、そうです。本来幻影というのは実体を持たない。それはギズさんもご存知の通り、常識レベルの話です」
少し馬鹿にされたようで、ギズは眉をピクリと動かす。
「しかし、新開発したこの幻影魔法は触れることができる。もちろん戦うことだってね。これはそう、幻影というより……」
博士が水晶に触れて魔法を唱えると、ギズの目の前に陛下の幻影が現れた。
「なっ!?」
「それはサンプルです。握手してみてください」
陛下の幻影が手を差し出すが、ギズは一瞬躊躇い、手を引いた。
「例え幻影とはいえ、陛下と気軽に握手などできん」
堅物だなと言うように、博士は肩を竦めた。
「では、こうしよう」
陛下は自らの幻影を殴り飛ばした。幻影は壁に打ちつけられ、力なく倒れた。
「陛下!」
ギズは幻影の陛下を心配する妙な感覚になりながら、殴った本物の陛下と幻影を交互に見る。
「案ずるな、これは幻影だ」
「しかし……」
どうみても、実体があるように見える。
「これは疑似感覚というものですよ」
博士が水晶に触れると幻影の陛下が消える。
「どうなってる?」
「我々の感覚、五感というものは、全て脳が分析しているにすぎない。この幻影は視覚のみならず、五感を全て支配することにより、実体となんら変わりないものになっているのだよ。さらに、この魔法にはAIを組み込んである」
「AI?」
「人工知能と言う。異世界の技術だよ」
空中に映し出されたアリエスを見る。
「これはテストなんだよ。この魔法がどこまで通用するかというな。倒せるかな? 痛みも苦しみも感じず、無限の体力を持つこの相手に」
真紅の杖、そのグリップにある宝石が妖しく光り輝く。




