挟撃
「あっぶね」
フィギーの銃が吼えた跡はなにも残っていなかった。
「バカ野郎! 女を消してしまったら元も子もないんだぞ!」
冴島に叱られ、フィギーは肩を竦める。
「いいじゃん、ちゃんと残ってるんだか――らぁっ!?」
なにかがフィギーの鼻先を掠めて壁に突き刺さる。
「……なんだ?」
手のひらに収まるほどの小さな剣が壁に突き刺さっていた。
「短剣? にしても小さいな」
引き抜こうとしたフィギーを「止せ!」と冴島が止める。
二人が短剣に気を取られている隙に、少女が物陰から物陰へと素早く移動する。
「ちぃッ!」
フィギーは武器を元の状態に戻すと数発、光の弾丸を打ち込む。これも魔法によるものだが、先の光線とは違い、威力は拳銃ほどに小さい。
「オヤジ、どうする?」
「なーに、身構えることはない。奴さんはけが人だ」
走り方や足音で冴島は相手の状態を見て取った。
「だが、追い詰め過ぎるのは良くない。窮鼠猫を噛むと言ってな、下手な刺激は逆効果になるのさ」
冴島は黒光りするごついリボルバー拳銃を構えて様子を窺う。
「オヤジの世界の諺だっけ?」
「ああ」
けがをしているな……と言っても、向こうも相当場慣れしている。それは冴島の直感だった。フィギーの目を見て合図を送る。アイコンタクトによる挟撃の合図だ。
――了解、タイミングは任せる。
フィギーは頷き、できるだけ足音を殺して位置につこうとする。そこへまた短剣が飛んでくる。だが見当違いの方向へと飛んでいった。
――気配だけじゃ当てられないか。暗器使いにしちゃなってないな。
勝利を確信したフィギーは、そのまま位置へとつく。それを確認した冴島は呼吸を合わせ、アイコンタクトで合図を送る。
――行け!
それを受けてフィギーは低く跳んで少女へ数発撃ち込む。だがあっさりとかわされ、少女は冴島の方へと逃げる。その死角から冴島は退路を断つように現れる。
「お嬢ちゃん、ちっとはやるようだが、けがをしてちゃあ動きが甘い。降参してくれねえか?」
少女の後ろからはフィギーがあのアサルト形態で待機している。
「……そうね。確かに分が悪いわ」
ゆっくりと両手を上にあげる。
「そうだ。そのままゆっくりと手を頭の後ろへ。膝を地面につけて」
まるで刑事のような口調で冴島は少女を確保しようと動く。
「……でも、勝利宣言には早いんじゃなくて?」
「なに?」
「フォルツァ」
少女が呟くと、さきほどの短剣から少女へ光の糸が伸びる。
「アンディクゥ」
一瞬にして糸が縮み、少女が反対の壁へと移動する。
「しまった!」
冴島が銃を構えるも、少女は微笑み、言う。
「さようなら、またお会いしましょ。――デルツェ」
少女は忽然と、その姿を消した。
「ちッ! 逃げやがった」
フィギーは足下の小さな瓦礫を蹴り飛ばし、苛立ちをぶつける。
「逃げ足だけは早いってやつだな」
冴島は銃を脇のホルスターへとしまう。
「どうするよオヤジ、追いかける?」
フィギーも銃を腰のホルスターへしまう。
「いや、止そう。……フィギー、なにか引っかからないか?」
「引っかかるって、なにが?」
「嬢ちゃんの行動だ」
「行動って……交渉決裂したから逃げて、俺に退路を断たれてこっちに隠れて……んで消えた。逃げただけだろ?」
「ただ逃げるだけなら、俺たちをここまで引きつける必要はない」
なぜ彼女はここまで俺たちを引きつけた? 短剣で牽制したのは戦うためじゃない? なら逃げるため? ……いや違う。なにかを見落としているんだ。決定的ななにかを。
元刑事である冴島の勘がそう告げていた。
「オヤジー、早くあいつらと合流しようぜー」
考えながらそこらを歩き回る冴島にフィギーは飽きたというように提案する。
「……そうだな、あとで考えるとしよう」
冴島は短剣が突き刺さっていた辺りを睨みながらも、一旦諦めて移動することにした。
「下はまだやってるのか?」
「さあねー? ギズのおっさんがしっかりやってくれてれば、終わってるかもね」
「坊ちゃんが暴走してなければ、か……」
やれやれ、と冴島は頭を掻く。
「嬢ちゃんは逃げちまうし、これ以上の面倒はごめんだぜ」
二人は入ってきた壁の穴から再び外へと下りた。




