自己投影
この世はあまりにも理不尽であった。
「成功の人生を歩みたかったな……」
青年は橋の上、それも普段なら降りるべき手すりの上に足をつけていた。
東京の夜空はとても汚くて見上げるのには相応しくない。しかし、青年は胸に手を当てて空よりも自分の今までがより汚かったと察する。
星すら見えない空には希望がない。しかし、自分は空すら見えない暗い地下にいたような住民。
希望を語るには相応しくない。抱くにも相応しくない。
青年は橋の下を覗きこむ。もっと底辺に落ちそうな気もするが、ようやく足をつけてゆっくりできそうな感じもする。わずかながら、この世界に自分の名を怨みという名で刻んでやろうとしていた。
「俺に勇気はない」
全てに一日だけ復讐してやると、決意を込めた。
自分の居場所がないここに用はない。中央快速線に向かって飛び降り、白く耀く眩しいライトを浴びながら青年は列車に轢かれた。
それが意味するものはタダの悪質な人身事故。中央快速線という社蓄と学生共が主に使う移動手段の遮断。多くの者が怒りや呆れといった表情を出し、JRの職員達は必死な誘導と事故処理を行っていた。そして、青年達の家族は産んだ子を果てしなく怨んだ。
とんでもない仇を残してくれる子。しかし、それは青年の気持ちでもあった。家族と世界をそれだけ怨んでいた。
【俺なんかを生むんじゃねぇ】
それが遺言だった。
…………………………………………………………………………………………………………
「…………は……」
そして、青年は起き上がった。
電車に轢かれた場所ではなく、草原の大地。見上げる空は東京とは比べ物にならないほど綺麗な青色空、太陽と思われる白い日差し、太く成長している大樹。清流で仲良く泳ぐ魚に、苛烈な虫社会を行う昆虫達。
「ど、どこ…………どこだ?」
やってきた場所は草原。しかし、西の方を見れば街が見える。東には火山が見える。北には雪山が見える。南には海までも……。自分の視力を疑いたくなるほど、とんでもないほど情報が青年の頭に入ってくる。
「う、ううぅっっ……お、俺は…………誰だ?」
頭痛がするほど、記憶があやふやだった。自分が誰なのか落ち着いて考えるが、途切れ途切れだ。
しかし、自分にやってくる実感は本物であり、力と頭脳が湧き上がる。誰にお願いしたわけではない。また、自分の成し得たことではない。おそらく、今まで見つからなかった恐るべき才能という類。
「俺は……………立早……」
自分がどんな名かを必死に思い出した結果であった。一度思い出せばそれで十分だと思い、次に立早はこの場所を思い出す。
来たことは一度もない。しかし、観た事もあり、聞いた事もあった。この地形は確かに実在する。
「俺はここに来た事がある。……確か、風が吹く」
イメージが膨らんでいくとこの世界は動き始めた。風が吹いてから、しばらくすると街に嵐が訪れる。雪山では雪崩が起こる。自分のイメージが先行し、世界の動きが予見できた。
「な、なんだここは………!……そうか、ここは」
自分の頭に自然と流れてくる情報を頼りにここを思い出す。どのようにここができているかは分からないが、
「ここは俺の……俺の世界だ。俺だけの居場所だった!」
どのように自分の居場所だったかまでは思い出せなかった。ウィンドウをソッと閉じるのと似ている感覚で忘れ、目の前に広がる夢しかない希望の俺の世界に酔いしれる。
「ジャニーという二つ名………ジャニー・立早だけの世界」
無限の創作を行われるその場所のど真ん中に立早は立っていた。戸惑いから、自分が神様であることを自覚するまでに掛かった時間は1分17秒。人生を正義と悪の区別じゃない、希望か絶望の二択でしていた立早。
しかし、それはもう昔の話。今の立早はそんなことなど忘れた。
万能に等しい実感。思い描いたとおりのシナリオを作り出すことに夢中になっていた。
いつまでも子供でいて、子供だからこそ希望にはかぶりつき、絶望には死を選んだ。
「雪山が潰れ、巨大樹になる」
呟きながらイメージを膨らませれば雪山は形を変えるだけでなく、性質そのものも変わっていく。RPGツクールのマップチップを変更するような感覚で、見える景色を変えていく。
気が済むまで何度でも自分の描く物を世界に表現する。
ジャニー・立早
スタイル:魔術
スタイル名:自己投影
詳細:
自分の思い描いた通りの世界観に仕立て上げる。
一人で世界を作り出すと同時に滅ぼせる者。
ジャニー・立早。単独で世界を潰せる者の1人。