無駄名努力
「お前は努力なんかするな!!」
命には見えもしない番号が刻まれていると気付いた言葉だった。
「努力するな、お前はしちゃいけない!しないでくれ!努力するな、死ね!」
どんな世界にいようが、そこに命が存在するならば当然だった。
「死ね!死ねよぉ!これ以上、お前の努力で俺達を苦しませるな!」
彼等の頭は糸が縫われていくようなむず痒い苦痛に襲われていた。目の前にいると思われる彼女に恨み言を言い続けた。しかし、彼女がもう座っている場所は彼等の内の1人の背の上に座っていた。
苦しんで倒れている彼等の事に目を向けず、コンパクトミラーで自画自賛したいほどのきゃわいい顔をさらに彩る化粧に夢中になっている。
彼女の椅子と化した男は彼女の姿が見えなくても、蠱惑な香りと心地よさが分かる感触。悪であると断言している心に対して、男という遺伝子と本能は従順であった。倒れていてもチンポジを変えたくなるほど、勃起する乙女が男の背に乗っているのだ。当たり前に興奮するじゃないか。
「んん」
桃色の髪色に見合うツヤあるロングヘアー。レオタードに身を包みながら、日にまったく焼かれていない白く耀いている肌。頭に被る帽子には十字架が刻まれ、化粧が終わると長手袋を填めて、ベアトップの恰好になった女性。
「そうね」
鏡を通してチェック。自分の理想的な、
「不純物のない氷上と同じだけの、綺麗な姿よ。シィエラ・レイストル」
鏡に映る自分に惚れてしまうほど、自画自賛する白さが際立つ美貌。女性という器である以上、華と淑やかさを外見には意識している。
「造り出すならやはり、自分で理想の自分を生み出すことですわ」
シィエラはくたばっている彼等との戦いで崩れてしまったメイクを直していたところだった。しかし、まったく変化がないほど、メイクは落ちていなかった。ただ少しの汗を掻いただけで気にするほどの、女性としての器が大きい。汗という言葉もその物も、とにかく嫌いだった。
「ふぅ」
化粧を整えると、自分が何をするべきか考える。
これだけ綺麗な自分を褒めてくれるのが、自分しかいないほど退屈で弱すぎる場所に彼女は生まれていた。
この世界全てが、彼女の敵となっても。彼女は底すら見せずに世界を潰していた。
「み、見つけたぞ!シィエラ・レイストルだ!」
「近づくな!遠距離魔法の攻撃を仕掛けろ!」
「兵を集めろ!」
彼女と出会う者達は震えながらも殺意を向けていた。怯えている声にシィエラはガッカリしてしまう。
彼等はシィエラに死ねと抱いているが、シィエラは彼等などどーでもいい存在。自分の中身よりもこの外見を目をやって欲しいと感じる。可愛い仕草を見せるも、彼等はそっちに見向きもしてくれない。
「ややショックですわ」
死ねと言われて死にますよ。なんて言えてやれるほどシィエラは自分の命を軽く扱っていない。ただ他人の命と努力に関して言えば、扱いはゴミを喰っているホームレスに石を投げつけるほど残酷であった。
敵と感じていないが、自分の邪魔になる存在は殺す。しかし、彼女は容赦なく殺すことができず、性格的にも合わなかった。容赦なく殺して欲しいと願った時は遅い。
彼等が彼女に近寄らないよう、距離を置いての弓矢や投石、あるいは魔法類の攻撃を彼女に向けたのだった。シィエラは多く向けられる攻撃のある一点だけ力を奪い取った。
「"無駄名努力"ですこと」
シィエラが生まれつき手にした能力は他人とは相容れない邪悪を秘めた能力。邪悪な分、シィエラが成長する度に強くなっていき、かつては世界の頂点に立つ魔導師と呼ばれても、今では"女神と邪神の二人羽織"と悪意を込められた異名で世界に広まってしまった。
決して悪い事をしたつもりはシィエラにはない。ただ、この世界の時間の流れに対し、シィエラがあまりにも早く先を行き過ぎていただけ。
彼女の得ていた能力がそうできており、それを磨き上げる事は正しいだろう。真に自分にはこの才能があると自覚と自信を兼ね備え、大衆が認めるならなおさらである。だが、彼女が得ていた能力には問題があって命まで狙われた。
シィエラに向かって飛んで来る矢も、火の魔法もシィエラに近づいていけば力を失い始めて地面に落ちて行く。彼女の能力が届かせない。
「そう、"無駄名努力"」
シィエラ・レイストル
スタイル:魔術
スタイル名:無駄名努力
詳細:
あらゆる努力を無駄にする能力。生命だけでなく、物体の運動ですらその能力は適応される。
他者や物体が備わっている力。主に努力をそぎ落とすという凶悪で、悪意だけが込められた能力。
シィエラに意志さえあれば、彼女に届く前に攻撃は下に落ちるか消え失せる。防御という点においてはこの世界の戦士や魔術師、その他の技術力でも彼女には届かない。
「あなた方をどー壊してあげましょうか?」
一方、攻撃面。と、記すのは何か違う。残虐面というのが正しい。
シィエラの言葉を聞いた兵士達は退却の言葉などあげずに恐怖を得た子供と同じように、彼女に背を向けて走っていく。息が切れるまで、体力が尽きるまで走り続ける。その足は確かにシィエラよりも速かった。ほんの少し前まで
「はっ……はっ…………?……??」
「?に、逃げなきゃ……」
「逃げないと……」
兵士達はしばらく走っていたが皆、走るという"習慣"を忘れ始める。
とても急ぎたい顔を出すも、足が勝手に動けないという奇妙な感覚。その歩行する力も徐々に弱くなっていき、シィエラの歩きよりも遅くなっていく。兵士達が振り返ればシィエラは邪神面で微笑みを飛ばしていた。
「この世には努力した事がない人間は1人もいないわよ」
歩くという動作を身につけたのを覚えている大人はそういないだろう。
当たり前のように覚えて、できる喜びを忘れるほど人は歩き続けているのだから。努力というのを知らないで死ぬ者は、生まれてすぐ死ぬような可哀想な奴だけだとシィエラは考える。そして、この能力が逆に証明しているのである。
「"習慣"って大事よねー。うっかりしていると忘れちゃう」
歩く事ができた兵士達であったが、徐々に歩くという動作すらも失い始める。歩けなくなったら動物達の祖と言うべき四足歩行でシィエラが逃げようとする。無論、逃げられるわけがなく。1人の兵士はシィエラの足に顔を踏まれて物理で動けなくなった。それと彼女に抵抗する力も削ぎ落とされた。
「ねぇー、ねぇー。今どんな気持ち。このシィエラ様に足蹴にされてどう思う?下着が見えなくて残念なのかな?それとも綺麗な足に踏まれて気持ちいいと感じてる?」
「ひ………は……」
グリグリと捻られるように顔を踏まれる。とても気持ちよくない。
殺されるんだという恐怖がまだあるのかと考える。いっそ、簡素に殺して欲しい。でも、シィエラは人を簡単に死なせる能力は備わっていない。だから、残虐面なのだ。
「走ると歩くができなくなっちゃったね。起き上がってみようか?ねぇ」
シィエラは優しい言葉をかけて足をどかしてあげる。兵士はシィエラの言葉などカンケーなく起き上がろうと必死な顔をして、腕と足を不器用に動かす。こんなにも両腕と両足が動かない日を感じた事はない。
「頑張るのよー。この無能ちゃん」
地面についていた腹が少しだけ浮き、膝も折れて尻も上がるまでの体勢になったところ。シィエラは容赦なく兵士の尻を3度も念入りに踏みつけて再び地面に落としてやった。先ほどの応援が嫌がらせと思える行動であり、こちらが完全な本心。
「はい、無駄ー」
「!…………うう…………」
シィエラにはこれが快感であった。
頑張ろうとしても、無駄なんだよねって分かっていても。どうしてか、応援してあげたい気持ちと潰してあげたい気持ちが入り混じる。それはなぜかと訊かれると彼女はきっと、馬鹿者を見るのってとても楽しいじゃんっと、回答するだろう。
無駄や馬鹿、無理を、行ったり発言したりする輩は人の心に火をつけてくれる。そこは、女神や邪神と呼ばれている彼女でも人間らしい感情であった。
「じゃあ。ここで問題」
「?…………」
「分かるかな~。そろそろ、来ると思うわー」
努力を無駄にする能力。
積み重ねた者が多いほど、それを超えられない現実は重く圧し掛かり心を折る。
「あと2回、あなた達は死ぬ前に失う者があるの。とーっても、残酷にね」
「!!」
シィエラの言葉が出た時、"無駄名努力"によって失われた部分に兵士達は苦しみ始める。
歩けないというもがきよりも単純な苦しみで、死を意味するもの。
「くっ…………か…………」
「一つは呼吸ができなくなるの。もっとも努力して習慣づいているものよね~。ようやく、死ぬことが理解できそうね」
兵士を優しく撫でながら
「でも、5分くらいは死なないから安心して。沢山努力していると、そう簡単には死なない」
とても残忍な苦しむ時間を伝える。ただの5分でも苦しい5分はそう終わらない。しかし、
「大丈夫。あなたの体が死なないだけ。もっと早くあなたは死ねるの。安心して死ねるの」
肉体的な影響が強い"無駄名努力"。呼吸ができなくなり、次に失うのは知能と心であった。
生命の要と言える二つは生きているという実感を生み出していた。知能も心も、人生を経験して育ってきた。今なお育つ木を焼き払うように"無駄名努力"は侵食していく。
「あはははははははは」
シィエラは高笑いをする。多くの努力を踏み潰す事で自分がさらに成長していく事を知る。
襲い掛かってきた兵士達を全て植物状態に追いやる。最初はただ努力を無駄にする能力であったが、修行と度重なった実践により世界を作り上げた努力をも潰してしまうかもしれない凶悪な存在となった。
シィエラ・レイストル。単独で世界を潰せる者の1人。