花崎歌と冷めたモブ
結果だけを言うと、私は花崎歌に捕まった。
何を言っているのかわからないだろうけれど、本当にそうなのだから仕方ない。
て、仕方ないわけあるかっ!
「なに?花崎さん」
内心は焦っているのに自分でも驚くくらい冷え冷えとした声。
ちなみに私は今初めてまともにクラスメイトとして花崎歌と話した、ずっと席は上下だったのにもかかわらず。
「えっと、待ってって言ったんだよ」
んなの知ってるわ。
私がこの場から去ろうとしたら花崎歌が私の制服の裾を掴んで「待って」と。
さすが萌えポイントをよくわかっていらっしゃる。萌えー。
やばいパニクってて何言ってんだろ私。
「うん、だからなに?」
「っ……あ、あのえっと」
可哀想に花崎歌は目を泳がして泣きそうな顔になっていらっしゃる、そんなに私が怖いのか。
そして花崎歌の目線が生徒会の雑用係くんへと移った。
「あー別に責めてるわけじゃないと思うよ」
「は、はい」
フォローとも言えない言葉を残して、雑用係は気まずい空気に耐えられなかったらしい。
「じゃあ俺生徒会行くわ」
見捨てられた、まあ全然いいんだけどね。
なぜか花崎歌と二人で去りゆく雑用係の背中を見つめていた。
「……えっと、彼氏だったりするのかな?」
「はぁ!?」
ヤバい本気で素がでた、花崎歌、恐ろしい子!
絶対口の中に液体があったら今のは吹き出す自信があるわ。
「ひっ」
花崎歌は私の声に怖がりもう泣き出す寸前だった。
あどけない少女には私の顔は怖すぎたようだ、おーけー、ちょっと落ち着こうか。
「違うよ」
さっきよりも優しく、かつ丁寧に言ってみた。たった四文字だけど頑張った私。いやなにに頑張ったんだろう。
「よ、よかったぁ」
よかったぁ?
ダメださっきの雑用係より意味がわからない、なんかもう存在が理解できる範囲を超越しているような気がする。
「で、なんか用?」
「……あなたに用事があるの」
神々しい主人公が庶民の私に何か用事があるようです。
あ、なんかこれって小説のタイトルとかにできそう。
「私と花崎さんは初めて話すのに?」
「神村くんについてのこと、って言ったら伝わるかな」
「へぇ、神村くんの?」
まあ花崎歌が私に話しかけた理由は十中八九神村武蔵のことについてだと思っていたけれど。
だってそれ以外話しかける要素が見つからないし、ねぇ?
「……悪いけど、私から話すことは何もない」
「知ってるよ」
神村武蔵が変な知恵を入れやがったようだ、本当に厄介な奴め。
「意地でも聞きます」
そんな変なところで意地にならなくてもいいから、面倒くさいなぁもう!
「あなたは、昔神村くんのお隣に住んでたんですよね」
「違う」
「それはウソ」
「証拠は?」
「あなたは神村くんのことになると冷静じゃなくなるから」
ほう、花崎歌にしては鋭いご回答だこと。
まああながち間違いではないから否定はしないけど。
「この前の手紙のときも、遠くから神村くんを見ていました」
だがしかし、そんな真面目に。
な に い っ て ん の ?
私が見ていたのはあくまで花崎歌であって神村武蔵ではないのですよー。って訂正した方がいいのか、いいのか?
いや絶対ダメだろう、そんなことしたらモブキャラ人生どころか人生そのものにピリオド。
完全にストーカーです本当にありがとうございました。みたいな状況になるわけだし。
「はぁ……」
まあ都合がいいから、このまま勘違いさせておくか。
「だとしたら?」
「これ、神村くんからあなたへの手紙。受け取って」
そう言って花崎歌はポケットから昨日神村武蔵が花崎歌に渡していた封筒を取り出した。
封筒にはご丁寧に神村武蔵と憎たらしくなるほど綺麗な字で書かれていた。
「……」
やるしか、ないな。
薄々本当は気付いていたから、神村武蔵は花崎歌におちてはいないと。
何がどこで間違えたのか、神村武蔵はどうやらまだ“花咲”にただらぬ執着心を抱いている。
「ありがとう」
私は花崎歌から封筒を受け取り、花崎歌のホッとしたような表情をみた後、
封筒を破いた。
「……ごめん」
ひんやりとした空気が一気に凍り付くのがわかった、冷たい床にビリビリに破いた封筒が落ちていく。
「でも、花崎さんはこんな事しなくていいから」
私は目を見開いて呆然としている花崎歌に言い、さっき雑用が消えていった方に向かって歩き始めた。
ビリビリに破いた封筒?
誰かが掃除してくれるっしょ。
「他にすることがあるんじゃないの?」
すれ違いざまに耳元で付け加える、よし完璧。
今の花崎歌にとっては痛い一撃のはずだからね。
「神村くんの想いも全部、否定するの……?」
どうでもいい。
けど特に私は何も返さなかった、返す必要がないから。
そんなことより、とうとう接触してしまったか。少しだけ予想外だなぁ、完璧なモブキャラを演じるつもりだったのに。
今の私にとってはどうやってモブキャラを貫き通すかの方が重要だ。神村武蔵のことなんて、
「どうでも」
私の言葉は予鈴の音にかき消された。
ああそうか、今日はパーティー兼終業式なんだっけ。あー、あまり今花崎歌とは会いたくないなぁ。
よし、サボろう!
そして一番お気に入りのサボり場所の屋上に向かったのだった。




