五、白練 花と乙女と
私の名前は柳沢彩。私は代々続く呉服屋の長女として生まれ育った。
もしも私の他に男兄弟が生まれていたら、私が跡取りとしてこの家を継ぐことはなかっただろう。
父としても、出来れば息子に、という気持ちがあったはずだ。ところが、我が家には男が生まれなかった。
仕方なく私が婿取りという形で家業を継ぐことになった。
そんな訳だからお見合いをするにしても、家柄はそこそこ良くて次男という条件を満たした相手に限られるのだった。
「こちらが佐藤雅次さんだ」
私にとっては何度目かのお見合いで、婚約が確定している状態だった。
家のためとは言うものの正直面白くない。年齢は私より三歳下、学歴はまあまあらしい。
「あの……。私は彩さんの夫になれるなら婿であろうと構いませんから……」
なんて頼りない言葉。
こんな相手は柳沢家の跡継ぎである私の夫にふさわしくないと思わなければ、この場に留まることなど到底考えられない。
「それでは、若い人たちに任せて……」
お見合い恒例の言葉が発せられ、私はこの男と二人きりになった。
このまま部屋にいても時間がもたないだろうと思い、庭に出ることを提案した。
「そうですね、お天気もいいことですし」
男は、微笑みながらそう言った。
私は日傘をさし、先に外に出た。本音を言えばあまり話をするつもりもない。
後からついてきた雅次とかいう男は、私に気を使っているのか適当な距離をおいて歩いている。
私は知らぬ振りをして庭の花を眺めていた。私の視線の先に気づいたのか、男が話しかけてくる。
「白百合の花言葉をご存知ですか」
「……それは、私に対する嫌みのおつもり?」
私が多少機嫌の悪い声で答えるとあわてたように返答してきた。
「いえ、違います、そういうつもりは……。お気に障ったなら申し訳ありません。
ただ、その、呉服屋の女主人という肩書きに相応しい柄の着物をお召しですから」
私は真意がつかめず、分からないという表情で男を見つめていた。少しはにかんで男は話始めた。
「白百合には、もちろん純潔という花言葉もあります。けれど僕が思ったのは威厳のほうです。
今日お召しの着物の柄、その白さがとても美しくて彩さんの凛々しさによく似合っているなと思ったんです」
父が私の為に仕立てた着物の柄は白練色の百合。そんな些細なことに気づいた男性は今までいなかった。
そう言えば植物関係の勉強をしていると聞いたような気がする。
私がこの男、佐藤雅次との結婚に納得したのは、この日から三日後のことだ。