婚約破棄なんかに巻き込まないでくださいよ!
最近リンドエスト王国ではAIが流行りです。
AIとは何か疑問ですか?
『あり得ないイベント』の略です。
特に生成AIが花盛りです。
これは文字通り、あり得ないイベントを作るというものですね。
魔道で未来を予想しようという試みを行った時の派生技術だそうです。
結局本筋だった完全な未来予想はできないという結論になりましたが。
現在リンドエスト王国では生成AIの魔道装置が常時働いています。
何故なら『あり得ないイベント』が起きたほうが、経済成長に繋がるという試算が出ましたので。
ただ生成AI、困ったこともあるのですよ。
◇
―――――――――― 王宮での舞踏会にて。エレナ・マッソ男爵令嬢視点。
あわわわわ。
何故か私が第一王子ニレウス殿下の腕に抱かれているのです。
違います!
私ニレウス殿下と親しいなんてことはなくて、初対面なのです!
ああ、私今日が社交界デビューなのに!
こんな事件に巻き込まれるなんて!
……インパクト的には悪くないですよね?
せいぜい映えるように振る舞わなくては。
わかります。
これはAI、いわゆる『あり得ないイベント』です。
だって噂通り、身体の自由が制限されていますもの。
どうせ流れに逆らえないのでしたら、楽しまねば損ですよね?
ニレウス殿下が震える声で仰います。
「リリアーナ、君との婚約は破棄させてもらう」
はいはい、生成AIに言わされているのですね?
何と言うか、感情の乗っていない声ですからわかります。
リリアーナ・オルムステッド侯爵令嬢はニレウス殿下の婚約者なのですよ。
だったのですよ、というのが正解でしょうか?
でもリリアーナ様のドレス、何だか地味です。
ニレウス殿下の衣装がシックにまとまっているので、もう少し華やかであるべきなのでは?
あっ、私のドレスがちょうどニレウス殿下の髪色と調和するクリーム色ですね。
まさかここまで仕組まれていたのでしょうか?
恐るべきは生成AIです。
リリアーナ様も何か言いたいようで、もぞもぞしています。
しかしどうやらリリアーナ様の喋る番じゃないみたい。
やはり強制力があって、AIに指定された以外の行動はできないのですね。
「僕にはもっと華やかで、社交界の華となるような女性が必要だ。君のような地味な女は、僕の隣に相応しくない」
なるほど、今日のリリアーナ様の衣装だとそうでしょうね。
これどこまで生成AIの意思が入ってるのでしょう?
かなり謎です。
リリアーナ様が頽れます。
どうにもぎこちないです。
これ生成AIの意図を読んで動かないと、出来の悪い劇のようになってしらけますね。
私は何を期待されているのでしょう?
せっかくのデビュー、せっかくの『あり得ないイベント』なら、格好よく見せたいものですが。
俯き加減のリリアーナ様。
「……ニレウス殿下は、ずっと婚約者だったわたくしを捨てるのですね?」
「捨てるとは人聞きが悪い。リンドエスト王国の第一王子たる僕には、君が相応しくなかった。ただそれだけだ」
「殿下の隣にいる、その令嬢が?」
「エレナ・マッソ男爵令嬢。僕の真実の愛さ」
いや、真実の愛って。
ニレウス殿下のような男前にそう言ってもらえるとニヤニヤしちゃいますが、初対面ですよね?
私は有名でも何でもない、ただのモブですよ。
なのにどうして私の名前知ってるんですか。
生成AIは怖いですね。
あっ、私のセリフのようです。
「リリアーナ様ごめんなさい。ニレウス殿下と私が結ばれるのは運命なの」
運命じゃない運命じゃない!
ムリヤリなの!
生成AIのせいなの!
ごめんなさい、本当にごめんなさい!
「そう、運命なのね。運命と仰るのね」
「ニレウス殿下は私に愛を囁いてくださったわ」
くださってないくださってない!
ひいいいい! どんどん私が尻軽の悪役にっ!
滅多にない機会だから楽しもうと思ってたけど間違っていました。
このイベントは私にダメージが大き過ぎるっ!
えっ?
リリアーナ様が長剣を取り出しましたよ。
どこにそんなもの隠してたんですか。
生成AI本当に怖い。
「ならば運命に殉じて、ニレウス殿下ともども死になさい!」
「きゃああああ! ニレウス殿下危ない!」
身体が自然に動いちゃう!
私はニレウス殿下の盾となって、リリアーナ様の振り下ろす剣に斬られました。
そして意識が遠のいたのです……。
◇
――――――――――三時間後、王宮にて。
「……というわけだ」
「はあ」
王宮の医務室で目を覚ました私は、ニレウス殿下から説明を受けています。
私の家族は家に帰したのですって。
第一王子による婚約破棄から暗殺未遂事件ですものね。
結構な『あり得ないイベント』ですから、皆さんが事情を聞きたがってパーティーが終わっても帰らない。
当事者の家族も帰った、明日の新聞で詳細を発表するという格好にしないと収まらなかったのですって。
「今ようやく新聞記者も返したところだ。エレナ嬢はずっと寝ていていい身分だな」
「ご、ごめんなさい」
私はリリアーナ様に斬られたのですが、リリアーナ様に剣術の心得があるわけがなし。
長剣を振り回す力もなしということで、打ち身プラス少し血が出たくらいのものだったようです。
気絶している内に回復魔法をかけてもらったので、今は何ともありません。
「冗談だ。エレナ嬢は完全に被害者だ。精神的にも疲れたのではないか?」
「いえ、もう全然大丈夫です。よく寝ていましたから」
「ハハッ、そうか。今日はこのまま医務室で泊っていくといい。あとで侍女をつけよう。明日マッソ男爵家に馬車で送るからな」
「御配慮痛み入ります」
ニレウス殿下は御親切ですね。
素敵な方です。
「君に斬りかかったリリアーナの暴挙については勘弁してやってくれ。どうにも行動を止められなかったと、泣いて謝っていたから」
「いえ、私もAIの横暴さは身をもって理解しました」
「エレナ嬢はどこでAIだと気付いた? どうやらリリアーナも操られているようだとわかるまで、僕はむしろ催眠術の類を疑ったのだが」
「殿下に抱かれて婚約破棄が始まったところですね。あり得ない、あっ、AIだって」
「ハハッ、エレナ嬢はカンがいいな」
いえ、催眠術なんて思いつかなかっただけですよ。
「エレナ嬢にはもう少し説明しておかなければならないことがあるんだ。今日でも明日でも構わないが、どうする?」
「できれば今からお話しいただくと嬉しいです」
だってAIとはいえ、王族の言葉は重いでしょう?
ニレウス殿下とリリアーナ様の婚約が破棄されたなんて大事件です。
今後どうなるかを聞いておかないと眠れませんよ。
「そうか。僕は王籍離脱してマッソ男爵家に婿入りすることになる」
「は?」
「エレナ嬢の婚約者ということになるな。すでに男爵の了承は得ている。よろしく頼む」
ええええええっ?
ニレウス殿下は次期リンドエスト王でしょう?
でもニレウス殿下が私の婚約者ですかあ。
本当にそうなるなら嬉しいなんてものじゃないですけれども。
「王位は弟のバリアスが継ぐことになると思う」
「生成AIのせいで、殿下の人生がねじ曲がってしまったということでしょうか? 何て残酷な……」
「いや、それは違うんだ」
違う?
違わないのではないですかね。
優秀で特に魔道に長けているとされるニレウス殿下には、誰もがリンドエスト王国の栄光の未来を見ていたと思います。
「どこから話すべきか。生成AIと言われるものの正体だが」
「魔道の装置による現象なんですよね?」
「狭い意味ではその通り。しかしどうしてそういう『あり得ないイベント』が生成されるかというと、どうやら神が関与しているようなのだ。最新の研究によってはだが」
「神様、ですか」
ちょっとわからないです。
混乱しますね。
「神の意志によってイベントが引き起こされると言い換えてもいい」
「それはそれでひどいではないですか。ニレウス殿下の先行きが閉ざされてしまったも同然でしょう?」
「でもないんだ。ここから僕の側の事情だが、僕は魔法の力に恵まれていてね」
「はい、聞いたことがあります」
「魔道の研究の道に進んだほうが、おそらくはリンドエストの繁栄に貢献できると思っていたんだ。王になるよりもね」
「えっ?」
そんなことがあるのですか?
魔道のことはよくわかりませんけど。
つまり王は第二王子バリアス殿下でも務まるけれど、魔道の研究をリードするのはニレウス殿下でないとできないということ?
「な、何となく理解できました」
「ここで問題になるのがリリアーナの扱いだ。リリアーナはもちろん将来王妃になるつもりで妃教育を受けている。進捗も大したものだという報告を受けている」
「……ところがニレウス殿下が王にならないならば、リリアーナ様の努力もお妃教育にかけたお金もムダになってしまう、ということですか?」
「正解だ」
ニレウス殿下が笑いますけど、苦い笑いに見えます。
リリアーナ様について思うところはあったのでしょうね。
「という前提があった上での、今日のAIだ。神の意思が入っていると考えると、一つの結論が見えてくるだろう?」
「婚約破棄されたリリアーナ様は第二王子バリアス殿下の婚約者に横滑り。リンドエスト王国はバリアス殿下とリリアーナ様によって導かれることになる、ですね?」
「またしても正解。エレナ嬢は理解力があるな」
王国についてはそれでベストだというのはよくわかりました。
が……。
「リリアーナ様は納得されているのでしょうか?」
「エレナ嬢も理解できていると思うが、どうやら『あり得ないイベント』は役中人物に結果を承服させる力があるようだな」
なるほどですね。
何となく終わったことだ、これでいいんだって気に私もなっています。
「何故に私が巻き込まれたのですかね? そこだけがわからないです」
「マッソ男爵家に男児はいないから、長女のエレナ嬢が婿を取ることになるだろう?」
「えっ? はい」
私が寝ている間にお父様に聞いたのですかね?
それで殿下が婿入りなんて言い出したのでしょうか?
「僕ももしリリアーナとの婚約のくびきから逃れたらどうすればいいかと、戯れに考えていたことがあったのだ。マッソ男爵家に婿入りが一番いいという結論だったな」
「えっ?」
「エレナ嬢は貴族学院の領主科生だ。僕が宮廷魔道士と研究していてもそう迷惑はかからないだろう。マッソ男爵家領が王都から近いことも、魔力親和性の高いマギ麻の産地であることも好材料だ。大体エレナ嬢は可愛らしくて僕の好みだから」
「えっ?」
じゃあニレウス殿下は私のことを元々知っていらしたのですか?
しかも可愛いと思われていた?
「今日のエレナ嬢のドレスは、まるで今日あるを予知していたように僕にピッタリで。本当に嬉しかったんだ」
「は、恥ずかしいです」
今日はデビューですから、目一杯楽しもうと思っていました。
それがAIに巻き込まれて。
私のブルネットの髪にコントラストが利いて映えるクリーム色のドレスにしたのですよ。
偶然ニレウス殿下の髪色と同じで。
そのニレウス殿下が婚約者になってくださるのですか。
えへへ。
「僕のほうからは以上だ。……エレナ嬢の了解を得ずに話を進めてしまったのはすまなかった。エレナ嬢を婚約者にするチャンスを逃したくなくてな」
「もう、ニレウス殿下の仰ることは一々格好よろしいですね」
「では?」
「AIで殿下の腕に抱かれている時、役得だなあと思っていました」
「ハハッ、エレナ嬢は大物だな。今日はゆっくり休むといい。すぐに侍女を寄越すから」
「はい、ありがとうございます」
色々あって未来の展望が急に開けて。
大変でしたけどワクワクする一日でしたね。
イケメンで優秀で我が国の魔道技術を牽引するニレウス殿下が、私の婚約者になってくださるんですって。
殿下の優しい瞳を思い出すと……うふふ、眠れそうにないですよ。
最後までお読みいただきありがとうございました。




