ニラ卵の餃子
希少鉱石ミリスラティナ。妖精の装飾と呼ばれる兵器に使用される白金にも似た資源だ。それは旧竜華帝国の古代遺跡から発掘され、現在世界各国が総力を上げ発掘に勤しんでいる。とりわけ竜華国は採掘量が多く、ミリスラティナの採掘は国家規模のプロジェクトでもあった。
ラティナは軍用トラックの助手席に座し、呆然とその黄土色の地平線を眺めている。そんな彼女にやや気まずさを感じたのか運転手の男が一息おいて話そうとした刹那、口を塞ぐようにラティナが話し始めた。
「貴方のお母さんの味ってなに?」
突然の素っ頓狂な質問に、運転手の男は僅かに思案し最も馴染み深い食べ物を口にした。
「豚足ですね。ゆっくり煮込んだホロホロのコラーゲンの塊、そこに少々のネギを滴らせば完璧です」
「───いいね、私も好きよ豚足。お肌に良いし安いし、何より工程が簡単な割に美味しい」
決して簡単ではないと思うが、あいにく運転手は料理には疎かった為に適当な返事をする。
「かもしれませんね。貴方様は一体なにを?」
ラティナは表情を一切変えず、その艶やかな唇を動かした。
「ニラ卵の餃子。記憶では、それが私の一番のお気に入りだった」
「あるあるですね。家庭の餃子と言うのは、母親が余った具材でテキトーに作る。でも、それがどんな店の餃子よりも美味しいものです」
「全くだわ。他にも海老ビーフンなんか完成度高かったな……炭水化物にビーフンよ?全く罪なお母さん。白菜の酢漬けだけは最後まで苦手だったけど、不思議と気付いたら一人で全部平らげてるの。あ、今言ったのは全部餃子の具材の話ね?」
自分でややこしい事を言ったと思ったのか、彼女は初めてこちらを振り向き告げた。その煌めく萌葱色の瞳が太陽を反射し、小麦色の光沢を得る。旧ファンロン王家のみに許された王の相。その威光はいち軍人でしかない男を萎縮させるには十分すぎた。
「え、ええ……何となく察してはおりました。随分とバリエーション豊かなのですね。どんな母君だったので?」
「知らないの」
「───え?知らないとは、どういう」
ラティナは今日、初めて─自嘲気味に─クスリと笑った。
「お母さん、ワタシが生まれた時にはとっくに死んでたのよ」
異様な会話の真意を確認するより先に、トラックは目的地へと辿り着いた。
◇
白金の骸骨が動いていた。一見それはサイボーグにも見えるが実際は違う。背後では紺絣の軍服に身を包んだ男達が、指輪を翳しコントローラーのように身振り手振りで行動を促す。実際、その行為には意味はないのだが操作に慣れない初心者にはよくある事だった。
「妖精の装飾・ガーディアン、か。久しぶりに見たな」
東のエルフ、又の名を竜人族に伝わる古代兵器”妖精の装飾”。ミリスラティナを埋め込んだ何らかの金属を兵器として操る一種の魔法だ。
その種類は、大きく分けて二つ。武具の装飾と召喚の装飾だ。
例外なく金属の延長であること。
ウェポンは指輪レベルに武器を収納する物と言って良いだろう。
ガーディアンは形状の幅が広いゴーレムに近い。
デメリットとして、対象のチャームが使用中に破損したら指輪も同時に破損し使用不可能となる事。この点、通常の魔力を用いた召喚獣にコスパで大きく劣るがそれを覆すメリットはあった。それは、”魔法に対する絶対耐性”である。
現在の世界で魔法を行使するには、基本的にオーブを必要とする。例えば炎系の魔法が込められたオーブ、他にも多種多様な種類があるが例外なく本人の練度を介さずに同じ出力を得られる。今や自前で魔法を使用する存在は先の時代の覇者であるエルフ種と一部のもの好きくらいであった。
形は違えど、金属の塊がせっせと作業をする様子を眺めラティナはノスタルジックな気分に酔いしれていた。そんな自分に軍部の男が気づいたのか、ガーディアン越しにブンブンとこちらに手を振ってきた。ラティナは少し間抜けなその光景にクスリと笑い、軽く手を振り返す。すると、奥から漆黒のスーツに身を包んだ長身の美女が待っていたと言わんばかりにこちらへ向かってきた。
「待っていたぞイエロアニス。早速だが一分の時間も惜しい、歩きながら話そう」
「大変お待たせしました、毛同志。ええ、そうしましょう」
最低限の社交辞令を交わし、グイグイとこちらを誘導する壮年の美女の名前は毛蘭竜華共産党書記長にして現国家主席。即ちこの国のトップだ。旧王家の末裔たる自分にこんな不遜な態度を取れるのは彼女くらいなものだろう。尤も、軍部の子達は別の意味で不遜だったが。
「誕生会に行けなくて済まなかったな。言い訳くさいが共産党は図体がデカい故、上層部の負担が大きい。今度、個人的に祝わせてくれ」
「構いませんよ。軍部の人達から既に色々と貰ってますしね」
「アハハ…その、何と言うか済まないな。なにぶん連中は女に飢えている。そんな中にお前のような存在が居れば嫌でも人気になってしまうものだ」
早足で歩いているにも関わらず、多方面から”おーいファンちゃん!”という黄色い声援が聞こえてくる。ラティナは旧ファンロン王家の末裔にして希少な竜人族。それに加え、彼女はエルフ基準でも上澄みの美形だった。アナスタシアと違い丸顔で何処か愛嬌のある彼女が人気になるのは至極当然であり、何故かラティナ自身も誇らしい気分になっていた。別にナルシストという訳では無いのだが、悪い気はしないのでいつも通り軽く手を振って対応する。
「そう言えば、毛同志はご結婚されてました?貴方だって人気が出てもおかしく無いのに」
「お前に言われると少し惨めになるな。───いや済まない。そんな意図が無いことは分かっているよ。………ここだけの話、妊娠していてな」
ラティナは大きく目を見開き、本心から嬉しそうに毛を問いただす。
「あら、いつの間に?てっきり職務に追われて恋愛なんて暇ないのではと」
「アハハ…察してくれ」
「───ご、ごめんなさい!そんなつもりでは…」
「良いんだ…ストレスが溜まってつい、な。誰かに聞いて欲しかったのさ。医者が言うにはあと6ヶ月らしい。出来れば、その時ヘイロンガルドに泊めてくれないか?国の指導者の痴態など絶対に公にできないからな」
「もちろんよ!ちょっと一般人には不気味かもだけど、大丈夫!ウチには出産のプロがいるからね」
「アレは下じゃなくて上だろう……だが、フフフ頼もしいな。正直、堕ろす事も考えてたが決心がついた。ありがとう───さぁ!本題だ、到着したぞ女帝エルフリーデの墓標に」




