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ヘイロンガルドの誕生会

「フェミニズムという言葉をご存知ですか?性別に基づいた社会的格差を無くし、より平等な社会を目指そうという思想です。何とも素晴らしい考えだ。かくいう私もフェミニストでね、男が妊娠出来る権利を主張し続けているのですが中々どうして受け入れられない」


 

 彼の名前はヘイロン。

 ヘイロンガルドの魔王とも称されるウルク=ハイの男だ。

 外見は漆黒の衣に身を包んだ長身の青年。その頭部からは何本にも重なった歪な黒い角が生えており、顔上部は大蛇の皮で覆われている。口は耳元にまでバックリと裂け、僅かに覗く白い歯がニヤケ顔のような仮面を作り出す。しかし、異様な外見とは裏腹に彼の出立には何処か気品を感じさせ、見るもの全てに妙な安心感を与えていた。



「何とも悲しい気持ちになりました。私は事実として何度も妊娠し、子を孕み、産後鬱だって経験している。女性であれば私の苦しみを理解してくれると思ったのに、待っていたのは思考停止の否定でした。なぜ世界はこんなにも冷たく悲しいのでしょうか」



 ヘイロンは心の底から悲しんでいた。フェミニズムとは本来、他者の肯定を基とする思想のはずだ。だのに、世の自称フェミニスト達は口を開けば否定ばかり。なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ………


─コプゥ……!─



「胃液、垂れてるよ。みっともないからティッシュでも詰めときな?」



 そう言って彼女は可愛らしいクマのポケットティッシュを丸め、私の口へと詰め込んだ。彼女の名前はラティナ・北条・イエロアニス。私の娘であり、私の姉だ。彼女と暮らして既に200年もの時が経過しつつある。彼女は、私の自我が芽生えた時期から何も変わらない。女尊男卑の捻くれ者、種族的ステレオタイプにいつまでも固執し、新しい価値観を決して受け入れようとしない頑固者だった。しかし、彼女は頑固者ではあるが愚物では無かった。彼女は決して私を否定などしなかったから。



「いい?価値観の変化というのは所詮まやかしに過ぎない。いつだって、この世界にあるのは純然たる事実のみ。女が戦場に出れば犯され、犯されば妊娠する。どれだけ抗おうとも生まれ持った宿命からは逃れられないの。男は強く、女は弱い…どれだけ綺麗事をほざこうが、この事実は揺るがない」



 ポリポリとヒマワリの種を頬張りながら、彼女は傍に置かれた小さな缶ビールを手に取る。プシュリと香ばしい音が鳴り響き、濃厚な泡が吹き出してくる。彼女は缶ビールに自ら赴き、ゆっくりチュルチュルと喉の細い飲み方で小麦色の発泡酒を迎え入れた。



「貴方はレズビアンでしたよね?そのステレオタイプが、自身の恋愛の障害になっていると考えたことはありませんか?」


「アーシャとのことを言ってるの?心配には及ばないわ。価値観と自分の欲求の線引きくらい出来てる。私からすれば不思議でならないのよね、何故他人の目を気にするの?人間なんて最初から破綻してる。自分が幸せであれば、そこに他人の価値観が介入する余地はない。貴方は他人を否定したいの?それとも、自分を肯定されたいの?」


「どうでしょう?───ただ、寂しかっただけなのかも知れません。とてもとても…ね」


「現代社会は否定と抑圧の世界よ。他者を否定すると、自分が正しいと錯覚するの。実際のところ答えなんてない。でも、無自覚な否定と極論は個人の尊厳を少しずつ破壊していく。だから、彼らは他人を否定して自分が正しいと思い込みたいの。やがて彼らは、自分以外の全てが敵に見え自分の心すら敵に回してしまう。否定って恐ろしいよね」


「どうすれば?」



 モゴモゴと口にハマるティッシュを外し、ヘイロンは姉娘に問うた。胃酸の腐臭が充満し、また少しずつ喉の奥底に不快な汁気を感じる。彼女の返答次第では私は二度と立ち直れないだろう。姉はグビリとビールを飲み干し答えた。



「他人が自分を拒むことを認めなさい。そうすれば、きっと景色が変わって見える」



 ヘイロンは今日一番のゲロを吐いた。






 ヘイロンガルドの螺旋塔は街の心臓である。その実態は、月光を何倍にもして反射する希少鉱石ミリスラティナにあった。不思議な事に太陽光は反射せず、日中は鈍い黒曜石にも似た漆黒の摩天楼に変化する。本物を否定した鏡の鏡といった所か。夜中にのみ、その心臓は鼓動を始め月光が何重にも反射し街を巡る。太陽が完全に落ちた時、旧竜華帝国の古代都市が息を吹き返すのだ。そして、今日はそんな中でも特別な日。ヘイロンガルドの紅いオーロラが見える日だった。



「ラティナ・北条・イエロアニスちゃん。224歳の誕生日、おめでとー!」


「おめでとうございます、ラティナ様」


「ありがと二人共、凄く嬉しいわ」



 コンコンと、一つのテーブルを左手で叩きながらラティナの誕生日を祝うヘイロンともう一人の女性。彼女の名前はアナスタシア・白蓮・スパルティアト。雪のような銀髪に、真紅の血の飛沫がこびり付いたような毛髪を持つハーフエルフの美女だ。その瞳は奇怪にも左右で色が異なっており、淡い薄紅色の右目と煌めく純銀の左目を併せ持つ。服装は黒い中華服をベースとしたヘイロン姉弟と違い、英国の女貴族を思わせる装束であり黒赤白と調和の取れた華やかなものだった。首には血の滲んだスカーフを垂れ下げ、バロック貴族風のポニーテールで髪を結っている。丸顔で可愛らしいラティナと違い、中性的で鷹のように鋭い顔立ちをしていた。


 彼女が特注で用意したケーキをラティナが勢いよく吹き消し、周囲がやや暗くなったタイミングでアナスタシアは個包を影の中から取り出した。



「はい!ラティにプレゼント。レア物かつ実用性バッチリよ!」


「結構大きいね。何が入ってるのかな?」



 フフフと上機嫌な笑いを見せ、ラティナは梱包を広げていく。やがて、中から黒光りする特徴的な銃が現れた。



「マウザーc96じゃん!しかも、メイドインチャイナの年代物!」


「苦労したんだよ?ドイツ製だとラティめっちゃ機嫌悪くするんだもん。5年前にルガーをプレゼントした時にされた顔、トラウマだったわぁ……」


「何か違うんですか?漢陽バージョンって本家と構造、全く同じでしたよね」



 塔内に反響する程のクラップ舌打ちが轟く。両手を広げ首を振るアナスタシアと、ギョロリとこちらを睨みつける姉を見て、何やら地雷を踏んでしまったと気づいた。



「チッ!これだからウルク=ハイはいけねぇ。よろしいか?中国のおじさん達が汗水垂らして作ったって事実が重要なの。そもそもドイツじゃこれ軍に採用されてないから本国よりアジア圏の方がメジャーなのよ!よって実質マウザーの本場は中国なの」


「途中からジャイアンみたいな暴論になってますよラティナ様」



 ヘイロンはやや呆れながら、アナスタシアの持ってきた差し入れを口にする。ストロガニナと呼ばれるカルパッチョだ。本来は冷凍した虹鱒を削って作り出すシベリアのソウルフードとも言える存在であり、あのスターリンの大好物だったともされる酒のお供にはピッタリの品と言える。



「これ、魚じゃないですね。ほろ苦くて何処か酸味がある……しかも、比較的新鮮だ」


「お?流石ウルク=ハイ───これはねアナスタシア特性ラーゲリのストロガニナよ!」


「ヴォエエエエ!よくも親友の誕生日にそんなもん持って来れるな」


「だって、ラティはともかくヘロっさんはこういうの好きでしょ?」



 上機嫌なアナスタシアはグリーンインフェルノの人喰いエルフをルーツに持つ。近年では、合法的に人肉を仕入れる手段がなくなった為に彼らのような存在はヤキモキしていた。既にトロルやゴブリンといった人喰い種族は高度な文明を失い、ひっそりと穴倉に潜みながら暮らしている。特定の種族が台頭することによって失われる文化もあるというのは何とも嘆かわしいものだ。



「まぁね。あれば嬉しい事この上ないのですが───ご時世ですので、我儘は言えません」


「あら、そんな時こそフェミニズムじゃない」


「ナンセンスですよアナスタシア。特定個人の利益の為に大多数が虐げられるのであれば、それは私のフェミニズム解釈に反する。時に過剰な主張は返って敵を産むんですよ」


「フーン」



 気の抜けたような返事をし、アナスタシアは持参したウォッカで一息入れる。ラティナはそんな二人をそっちのけでマウザーに弾を装填し、今にも試し撃ちしたいと息巻いていた。



「さて、私は個人的なルーティンがありますのでこの辺で。アナスタシア、お風呂は沸かしてあるので好きに使ってください」


「流石ヘイロン、気が利くね。取り敢えず私はラティ連れて遊び行ってるわ。塔の中でぶっ放されたら不味いでしょ?」


「二人とも私を何だと思ってるのよ……。これでも、貴方達の中では一番マトモだと自負してるんだけど」


「兎に角、あまり羽目を外し過ぎないで下さいね?明日はラティナ様の大仕事ですので」


「何なのラティ?大仕事って」


「ご先祖さまの、墓荒らし」


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