表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
双子の分岐点  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/36

第五章 欲の形

夜の光輪会施設は、昼間とはまるで別の顔を持っていた。


外灯に照らされた白い壁は、どこか冷たく、無機質に見える。宗一は宿舎の自室で、与えられた聖典を開いたまま、文字を追うことができずにいた。紙の匂い。整いすぎた文章。そこに書かれているのは「救済」や「愛」だったが、彼の脳裏に浮かぶのは、昼間に耳にした幹部たちの会話だった。


――献金が落ちている地方は、指導を強めろ。 ――離脱者が出た家族は、周囲から孤立させろ。


それは教義ではなく、戦略だった。


宗一は、ふと窓の外を見た。闇の中、施設の裏手にある古い宿舎棟。問題を起こした信者や、精神的に不安定と判断された者が“保護”という名目で隔離される場所だ。誰も詳しい中の様子を語らない。


数日前、若い女性信者が突然姿を消した。


理由は「浄化のための長期修養」。だが、宗一は彼女の目を覚えていた。救いを求める目ではない。何かを拒絶しながら、口を閉ざす人間の目だった。


そのとき、ドアをノックする音がした。


「宗一様」


幹部の一人が、低い声で名を呼ぶ。


「教祖がお呼びです」


応接室に入ると、父は一人で酒を飲んでいた。信者の前では決して見せない姿だ。グラスを揺らしながら、宗一を値踏みするように見る。


「怖いか?」


唐突な問いだった。


宗一は言葉を選んだ。「……何がでしょう」


「人の欲だ」


父は鼻で笑った。


「信仰なんてものは、欲を制御するための道具にすぎん。金、承認、支配……人間は、何かを与えられなければ従わない」


宗一は、初めてはっきりと知った。父が守っているのは信仰ではない。組織だ。


一方その頃。


黒崎組の事務所では、別の“欲”がむき出しになっていた。


違法賭博場の裏部屋。裸電球の下で、若い組員が縛られていた。金を抜いた。それだけで、理由としては十分だった。


「どこに隠した」


答えは返らない。


拳、蹴り、そして刃物。流れる血を見て、誰かが笑った。恐怖と興奮が混じった笑いだ。少年――黒崎の養子は、その場に立たされていた。


「目を逸らすな」


組長の声は静かだった。


「欲に負けた結果だ。こうなる」


少年は、血に濡れた床を見つめながら理解する。この世界では、欲は隠すものではない。むしろ、誇示するものだ。奪い、支配し、従わせる。その快感を、誰も否定しない。


拷問が終わった後、組長は少年の肩に手を置いた。


「お前は違う」


その言葉が、祝福なのか呪いなのか、少年にはまだ分からなかった。


宗一は、父の部屋を出た後、吐き気を覚えた。黒崎の養子は、血の匂いが染みついた服のまま、眠れずにいた。


二人は、それぞれの世界で、同じ事実に触れ始めていた。


――人間は、信仰や掟がなければ、際限なく欲に溺れる。


そして恐ろしいのは、その欲を“正しい”と呼ぶ理屈が、どこにでも用意されているということだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ