第二十五章 録音
それは、映像ではなかった。
映像は、編集できる。切り取れる。重ねられる。だが音は、逃げ道が少ない。声は、嘘をつくが、間は嘘をつきにくい。
ファイルは短い。二分十七秒。雑音が多い。場所は特定できない。空調の低音、椅子のきしみ、遠くで鳴る携帯のバイブ。誰かが咳払いをし、誰かが水を飲む。
——「それは、双子だと分かってやったのか」
質問は、強くない。追及の形をしていない。確認だ。
——「分かっていた、が……分かっている“こと”に、意味はなかった」
声は、低い。宗教者のものにも、裏社会のものにも聞こえる。どちらでも成立する声色。
——「では、なぜ」
——「守るためだ。守る対象は、人じゃない」
沈黙が、三秒。
——「秩序だ」
この一言で、全員が縛られた。
誰の秩序か。国家か、組織か、信者か、家族か。定義はない。だが、秩序を守るために何をしたかは、問われる。
ファイルは、匿名で送られてきた。差出人は不明。中継点は三つ。意図は、明確だった。公開しないでほしい、が、消さないでほしい。
警察は、動けなかった。違法性は、グレーだ。録音の同意、場所、改変の有無。確認に時間がかかる。時間は、相手の武器だ。
宗教は、声明を準備した。否定文、祈り、被害者への配慮。だが、どれも音に勝てない。文字は、音に負ける。
裏社会は、沈黙した。沈黙は、合意に見える。合意は、共犯に見える。
マスコミ内部では、会議が割れた。音声の扱い。実名を出すか。伏せるか。二分十七秒で、キャリアが折れる者が出る。
若い記者は、再生を止めた。彼は、二度と同じ声に、同じ感情を持てなくなると分かっていた。
SNSは、速い。波形のスクリーンショット、声紋解析もどき、専門家のフリをした解説。真偽は、速度に敗北する。
黒崎は、港で笑った。乾いた笑いだ。音は、刃になる。刃は、向きを選ばない。
宗一は、病室で目を閉じた。終わらせる決断は、まだ言葉にならない。だが、秩序という単語が、喉に引っかかった。
第三者は、様子を見る。商品は、欠陥を露呈したが、返品はされない。むしろ、値は揺れる。
録音は、誰も殺していない。
だが、全員の立場を、少しずつ殺していく。
次に越線する者は、音に追われる。
二分十七秒は、終わらない。




