第二十三章 反転
守る側が攻撃に転じるとき、理由は語られない。
夜、警察本部の一室で、非公式の打ち合わせが行われた。議事録はない。参加者の肩書きも、後から消せるものだけが選ばれた。テーマは一つ。
——火種を潰す。
「事件化はしない」
誰かが言う。異論は出ない。事件にすれば、説明責任が生まれる。説明は、線を引く。今は、線をぼかす。
手段は、合法だ。任意の照会。任意の聞き取り。任意の注意。任意の連鎖は、拒否できるが、拒否すれば目立つ。
鷲尾は、名簿を見た。遺族、内部者、記者、匿名アカウントの運営者。罪はない。だが、圧は罪を必要としない。
同じ夜、宗教側でも、初めての決断が下された。祈りではない。説明でもない。
——訴える。
対象は、個人ではない。不特定だ。名誉、信用、業務妨害。言葉は、刃を隠す布になる。弁護士は言う。
「勝つ必要はありません。疲れさせればいい」
宗一は、病室で署名した。ペン先が、わずかに震える。遅れは、まだ残る。だが、震えは、決断の証だ。
裏社会では、攻撃はさらに静かだった。黒崎は、顔を見せない。代わりに、噂の流通を止める。止めるとは、切ることではない。別の話題を流す。別の恐怖を置く。
一人の男が、仕事を失った。理由は、規約違反。別の女が、取材を外された。理由は、体調。偶然が、重なる。
深夜、若い記者の端末が凍った。ログインできない。復旧はできる。だが、**時間が奪われる。**時間は、熱を冷ます。
《共鳴》に、警告が届いた。削除ではない。通知だ。ルールの再確認。善意の顔をした圧。
鷲尾は、任意の聞き取りに向かった。場所は、喫茶店。制服は着ない。名刺は出す。
「心配しているだけです」
心配は、最も強い攻撃だ。拒めば、冷たい。受け入れれば、縛られる。
宗教施設の外では、抗議は起きなかった。起きないように、**先に手を打った。**貸し会場は埋められ、バスは手配され、予定は散らされた。
夜明け前、三つの組織で、同じ報告が上がる。
——静まりました。
数字は落ち、投稿は減り、問い合わせは途切れる。成功だ。
だが、攻撃は、必ず反作用を生む。
病室で、宗一は天井を見つめた。笑顔の練習をやめた。必要なくなったからだ。代わりに、疑われる役割を引き受ける覚悟が芽生える。
黒崎は、倉庫で手を洗った。水は冷たい。落とすのは、血ではない。関係だ。
鷲尾は、個人のノートに書いた。
《守る側が動いた。次は、誰かが“攻められた側”になる》
攻撃は、夜のうちに終わる。
だが、終わったように見えるときほど、最も危険な朝が来る。




