第十八章 同時圧力
圧は、合図なく重なった。
午前九時。警察本部の会議室で、資料が配られる。題名は穏当だ。関係団体に関する注意喚起。捜査でも事件でもない。だが、配布範囲が広すぎた。生活安全、組織、公安、広報。触るな、だが把握せよという、曖昧で最悪の指示。
鷲尾は、紙の端を指でなぞった。写真は使われていない。代わりに、日付と数字だけが並ぶ。寄付額の推移、苦情件数、匿名投稿の増減。どれも、犯罪の形をしていない。だが、同じ週に跳ねている。
「確認は?」
上司は答えなかった。代わりに、視線を逸らす。確認は、命令ではない。空気だ。
同じ時刻、宗教施設では、幹部会が非公開で開かれていた。議題は一つ。
——静かにする。
広報は、言葉を選んだ。否定はしない。肯定もしない。質問を受けない。**祈りの時間を増やす。**献金の導線を短くする。外部行事は延期。内向きに、密に。
宗一は、頷いただけだった。胸の奥で、時計が進む。遅れを取り戻すための静寂だと、分かっていた。
午後、裏社会でも同じ決断が下された。港の倉庫。黒崎は、簡潔に言った。
「線を減らす」
金の流れ、人の出入り、連絡手段。余計な動きを切る。目立つ顔を外す。**似た顔は使わない。**理由は説明しない。説明は、弱さになる。
部下は理解したふりをした。だが、誰もが感じている。圧は、内側から来ている。
夕方、マスコミに一本のメモが回る。匿名。裏取り不能。だが、書式が内部のそれだった。編集部は迷う。出せば売れる。出せば潰される。結論は、見出しを落とす。中身を薄める。
夜、SNSの《共鳴》に、反応が減った。削除ではない。沈黙が被せられた。
警察は、問い合わせに定型文で返す。宗教は、祈祷の映像を流す。裏社会は、街を静かにする。三者三様の動きが、同じ結果を生む。
——波を小さく。
宗一は、説法の原稿を閉じた。言葉は十分に整っている。だが、**間が詰まる。**聴衆が欲しがる余白が、奪われていく。
黒崎は、銃を金庫に戻した。使う必要がない夜ほど、危険だと知っている。音を立てない決断は、後で血を呼ぶ。
鷲尾は、個人のノートに一行だけ書いた。
《三者、同日同時。理由は別、効果は同じ》
未明、二つの監視カメラが復旧した。フレームは正常。異常は記録されない。異常が常態になる。
圧は、成功した。
表面は静まり、数字は落ち着き、苦情は減った。だが、内部では、同じ歪みが増幅していた。
それは、誰かの判断を一段、前に押し出す。
翌朝、三つの組織に、同時に届いたのは、同じ種類の報せだった。
——止まらない。
圧を重ねた夜は、いつも、次の事故の前触れになる。




