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於岩稲荷

〈しよぼしよぼとビニ傘の下秋が降る 涙次〉



【ⅰ】


「お笑ひ大國」日本に、笑ひの巨匠數あれど、落語家・林家木久扇をその内に數へ上げる人は尠ない。だが、彼が人氣テレビ番組『笑点』「大喜利」コーナーで演じてみせた「與太郎」キャラは、日本庶民の源郷の一つであり典型である。これは公表されてゐないが、木久扇引退の前と後では、『笑点』の視聴率には大きな隔たりがあるのではないか。桂歌丸の逝去と彼が辞めた事により、『笑点』を観なくなつた人も多いと思ふ。

三笑亭夢太夫(前々回參照)はその『笑点』に、POMの助を送り込もうと画策してゐた。木久扇に及ぶ後釜は、POMの助を置いて他にない。夢太夫はPOMの助の「九官鳥」ネタが好きだつた。「僕、きゆーチャン。オヂーチャン、オバーチャン、✕✕✕✕✕✕✕!」✕の部分には支離滅裂な言葉が入る。何より鸚鵡が九官鳥を眞似ると云ふのも可笑しいが、その支離滅裂振り、まさに髙度な笑ひを聴衆に強いる。夢太夫の目には、坐蒲団を重ねた上にちよこなんと坐るPOMの助の姿が、はつきりと見えてゐた...



【ⅱ】


以上は余談である(余談が長い・笑)。こゝでは夢太夫とカンテラの出會ひについて述べたい。夢太夫には夢樂(むらく)と云ふ師匠がゐた。「東海道四谷怪談」と題して、鳴り物入りで怪談咄しをするのが当たり、若かりし頃一躍人氣噺家となつた夢樂だが、老境に差し掛かり、腰椎捻挫を患ひ、正坐が出來なくなつた。まさか寢そべつて髙坐を勤める譯にも行くまい。夢樂は夢太夫に「東海道四谷怪談」を譲り、自分は悠々自適の老後の生活に入つた。



【ⅲ】


「四谷怪談」と云へばお岩さまだ。由緒正しい家柄と美貌に惠まれたが、不倫してゐる夫・伊右衛門に騙され、毒を呑まされ、二目と見られぬ醜い顔になつてしまつた。結局騙し殺されたお岩さまの復讐譚が、「四谷怪談」の一部始終である。この報復譚を咄、或いは映画、などの藝能に執り上げやうと云ふ者は、必ず東京・四谷の「於岩稲荷田宮神社」に參る事になつてゐる。祟りがあると云ふのである。夢樂も当然、於岩稲荷には每年詣でゝゐた。引退後も車椅子を弟子に押され、參詣を欠かさない。



※※※※


〈古本や調べてだうなる牧水忌酒と温泉忘れてゐたよ 平手みき〉



【ⅳ】


だが、藝を譲られた夢太夫は、自分の藝を優先、結局「東海道四谷怪談」を髙坐にのぼらせなかつたので、於岩稲荷に詣でなかつた。彼は、自作の新作落語の事で頭が一杯で、師匠譲りの咄を齒牙にも掛けなかつた。云つてみれば、夢樂の藝は「陰性の藝」、夢太夫の藝は「陽性の藝」、そこら邊の違ひが齟齬を産んでゐたのである。

で、結果、夢太夫は「祟り」に悩ませられる事となる。部屋は所謂ラップ現象で夜、滅茶苦茶に荒らされ、眠りが阻害された夢太夫はたうたうノイローゼ狀態に陥る。



【ⅴ】


テオの調べで、新作落語でお馴染みの三笑亭夢太夫が、そんな現象に悩まされてゐると知つたカンテラ、じろさんを伴ひ、彼の下町の屋敷に現れた。カンテラの考へでは、それはお岩さまの祟りではなく、お岩さまの名を騙つた【魔】の仕業。お岩さまは決して惡靈ではなく(誰だつてあれだけの目に遭へば、惡漢に取り憑くゞらゐの事はするだらう)、無辜の藝人に祟りなすやうな惡事はしない。



【ⅵ】


カンテラの讀みは当たつてゐた。彼とじろさんは、「贋お岩さま」を退治た。じろさんがその「贋お岩さま」をぎゆうぎゆう締め上げ、贋物はつひに「本體」の「妖魔・化け提灯」の姿を顯はにした。其処をカンテラすかさず、「しええええええいつ!!」斬つて棄てた。



【ⅶ】


と云ふ譯で、それ以來、夢太夫、枕を髙くして眠れるやうになつた。



※※※※


〈秋の湯はアルキメデスの原理かな 涙次〉



依頼料は勿論、夢太夫が支拂ひ、この話は一件落着した。POMをカンテラが夢太夫に預けた蔭には、かう云ふ隠れたエピソオドがあつたのである。因みに、その後、夢太夫は師匠と共に、於岩稲荷に每年參詣を續けてゐると云ふ。貞女・田宮岩。彼女は今、冥府で美しかつた頃の姿の儘、冥王ハーデースの庇護を受けてゐると云ふ事である。お仕舞ひ。


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