[006] 買い占めの真相
アイルマウントの宿にも空き部屋が無く、ミラは、ルック用に長期契約で借りている部屋のベッドで一夜を過ごす。周囲の街を調査する間、各地の宿での宿泊は一部屋しか取らず、毎晩、初日と同じように同じベッドで眠った。ルックは、ミラに近づきはするものの、何もせずただ眠りについた。
初日こそ身構えていたが、眠るだけで何もされず、ただ、同じベッドで夜を過ごす。
深い眠りについたルックを抱きよせる。女性のような顔立ちのルックは、真っ暗なベッドの上で眠っていると、本当に女性ではないかと混乱する。まるで女性同士で抱き合って眠るような、そんな背徳感を覚えた。抱き寄せられたルックも、少し目が開いてもすぐに目を閉じ、拒むことなく受け入れる。
こんなことが一週間以上続いたのだから、ミラはこれが当たり前に思えてきた。
それが油断だった。
早朝、鍵を掛けたはずのドアから開錠音が聞こえる。完全に寝込んでいて気づくのに遅れた。
部屋に入ってきたグレンと目が合った。完全に誤解される状況だが、どう言い訳をしても無駄な状況でもある。一瞬、グレンがとてつもなく驚いた表情に変わったが、すぐに普段のグレンに戻る。
「朝食、用意するからミラちゃんも食べる?」
ミラは、無言でうなずくと風呂場に駆け込み、顔を洗う。少しだけ化粧で顔を整えると、グレンの調理を手伝う。
「何も聞かないんですね……」
「そりゃ、少し驚いたけどさ。でも、二人が”そういうこと”をしていないのは分かってるから」
「いやいや、あの状況をみればどう見たってやってるでしょ……」
「それは無理なんだよ。ルックは”そういうこと”が出来ないんだ。でも、この話はここまで。ルックが自分で話すまで待ってあげてね」
「それってどういう……」
おもわず、聞き返しそうになり口をつぐんだ。怪我か病気か。それとも精神的な何かかもしれない。グレンの話が本当なら、グレンに聞くべきではない。
「おれが驚いたのは、ルックが他人とあんなに親しくしていたことさ。ルックは信用しても信頼はしない。おれが部屋に入っても目を覚ましてないだろ。こんなことは初めてさ」
自分用に朝食を取り分け、グレンは手を振り部屋に戻っていった。
ルックを揺り起こすと、眠そうな顔をしたまま朝食を平らげた後、しばらく風呂から出てこなかった。
テネメス商会とグレッグ鉱業は、トールセン商会のダミー会社だった。ルックは、より強力な魔導具を手に入れるためには、安定した白銀を入手することが重要だと考え、鉱業に投資していた。鉱夫の中には、トールセン商会の手の者が混ざっていて、常に事業主を監視させていた。
その鉱夫の一人から、「アイルマウントで白銀が見つかったらしい」との報告が入る。さらに、発見した組合員の一人がそれを隠し、権益を得ようとしてバルバリア商会と接触していることも掴んでいた。
ところが、バルバリア商会からアイルマウントへ派遣された人間は、旅の途中で消息を絶っている。
白銀を発見した組合員の元には、グレッグ鉱業という商会が訪れ、バルバリア商会のダミー会社だと言った。組合員はそれを信じ、鉄鉱石の相場操作と採掘権の買い占めを提案する。見返りは採掘権のうち三割の譲渡で合意した。
やがて相場操作が上手く進み、採掘権の買い占めが進んだ頃に、この組合員は姿を消した。夜逃げした三人のうちの一人だ。三人のうち、他の二人の消息を聞くことはあったが、この組合員の姿を見た者は、その後、一人もいなかった。
なぜこのようなことをしたのかと、ルックに問いただすと、
「遅かれ早かれ、白銀が見つかったことはバルバリア商会の耳に入る。そうなれば、とんでもない額での買収合戦でうちに勝ち目はない。かといって、バルバリア商会に牛耳られた鉱山は、奴隷が送り込まれ、この世の地獄と化す。採掘権を譲った組合員も後できっちり買収資金を回収されて一文無しさ。おれが買い占めれば少なくとも組合員の生活は保障されるからな」
そう、悪びれもせずに言い放った。
テネメス商会とグレッグ鉱業が、採掘権の買い占めを進めることで、組合員の焦りを誘い、採掘権の一斉買い上げに同意させたのは、バルバリア商会がどこからか噂を聞きつけ、買い占めに動く前に全てを終わらせるためだった。個別に商談をしていたのでは、時間がかかりすぎるし、採掘権の譲渡に難色を示す組合員もいただろう。
全員の総意という形なら、そのような組合員も採掘権の譲渡に合意せざるを得ない。
「アイルマウント鉱業組合員は、バルバリア商会ではなく、トールセン商会に乗っ取られたことを、後で感謝することになると思うぜ」
グレンはそう言うが、ミラにはこのような騙し討ちのようなやり方が許せなかった。眠っていると、女性と間違えてしまいそうなこの男に、これ程までに卑劣な手段を選ばせる原動力はなんなんだろうか。
今朝、グレンから聞いた女を抱けない事情といい、ミラはルックの過去にとてつもない興味を抱いた。
すでに日は沈み、月が天頂に上っている。馬車は間もなく王都に着く。今夜もルックと同じ部屋で過ごしたいとミラは思った。