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[005] ルックの善意

 アイルマウントの鉱業組合に衝撃が走った。組合員三十名のうち、すでに七名が鉱業採掘権を手放していたのだ。街ではグレッグ鉱業という商会が採掘権を買い漁っており、相場が金貨百枚程度であるところを、金貨百五十枚で提示しているという。


また、アイルマウント周辺の街に鉄鉱石を持ち込んでいたのは、それぞれ別々の商会で、単独で動いているわけではないように見えた。しかし、ルックたちの調査によって、実際にはテネメスという商会がダミー商会を使い、姿を隠して相場を操作していることが判明した。


 アイルマウント鉱業組合の一室に、鉱業採掘権を売り払った人間が引きずられてくる。相当に痛めつけられたのだろうか。服は破け、顔が赤く腫れている。


「採掘権の譲渡には、組合の承認が必要だと知ってるだろが」


筋骨隆々の組合長に蹴飛ばされ、元組合員が壁に張り付く。そのまま起き上がることなく、組合長を睨みつける。


「悪いとは思ったが、背に腹は変えられねぇだろ。石の相場が下落して、うちは後一か月で倒産だ。グレッグ鉱業は金貨百五十枚も提示してくれたんだぞ。その間、組合は何か手を打ってくれたか」


組合長が再び蹴り上げる。元組合員は壁に崩れ落ちた。


「しかし、アイルマウントの鉄鉱石が良質といっても、しょせんは鉄鉱石だ。今更、鉱山一つ買い占めたところで何のメリットがあるんだ? 後で鉄鉱石を出し渋って相場が少し上がったとしても、それなら他の鉱山の鉄鉱石が入ってくるだけだぜ」


グレンの言う通りだ。買い占めにかける費用を回収するのに一体何年かかるか。


「鉱山で金でも見つかったか?」


組合長がルックを見て、首を横に振った。ルックとミラは、いくつかの街を調査しすでにアイルマウントに戻っている。


「これまで何世代もアイルマウントで土掘ってるんだ。金脈が出ればと誰もが夢を見て、もう二百年になる。残念だが、この辺りに金はない。もちろん銀もだ。銅なら多少は取れるがな」


その日、組合では採掘権の売却を固く禁止することを申し合わせ解散となった。


 

 翌日、事態はより深刻となる。採掘権の売却を固く禁止したにも関わらず、さらに三名が採掘権を売却し、街から逃げ出していた。鉄鉱石の相場も下がり続けている。すでにアイルマウント鉱業組合では、次の裏切り者は誰だと、お互い疑心暗鬼となっていた。


三十人分の採掘権は、アイルマウント鉱業組合の議決権を兼ねている。あと六人裏切り者が出ると、グレッグ鉱業に議決権を支配され、アイルマウントの鉱業は、グレッグ鉱業の思い通りとなってしまう。


「これ以上、グレッグ鉱業に採掘権を買い漁られないように、採掘権を一時的にトールセン商会で買い取るのはどうだろうか。金貨二百枚で買い取るから、グレッグ鉱業が諦めた時点で同じ額で買い戻してくれればいい」


しばらくの間、アイルマウント鉱業組合員同士で話し合い、買い戻し権を明記してくれるのであればと採掘権のトールセン商会での買取案に合意してくれた。


採掘権を金貨二百枚で譲渡すること、買い戻し権を付けること、採掘権は無償で貸し出すこと、採掘における利益は借用者にあり、代わりに赤字の補填もないことが明記された。


「すごく良心的な契約内容ですね。ルック様のこと、見直しました」


憧れるような目でルックを見るミラだが、グレンは、「それはどうだろうね」と意味深な言葉を返した。



 アイルマウントの宿に戻り、グレンとミラがルックの部屋に集まった。


「これからアイルマウントは大変だろうな」


グレンが、ワインを傾けながら、他人事のように言い放つ。ミラが、「どうしてですか。ルック様が、上手く取り計らってくれたじゃないですか」と食って掛かる。


「それは、金貨二百枚での買い戻しは不可能だからさ。テネメス商会は相場操作を辞めないしグレッグ鉱業は当面の間、格安の鉄鉱石をテネメス商会に供給し続ける」


平然と言い放つルック。口には笑みがこぼれるが目は笑っていない。


「でも、採掘権は全部ルック様が持っているじゃないですか。アイルマウントの鉱業採掘権を獲得できないなら、テネメス商会には何もメリットはないですよ」


「メリットはあるさ。鉄鉱石の採掘で利益が出なければ、トールセン商会からの貸し付けは、さっきの金貨二百枚を崩して返済するしかない。


トールセン商会が次の貸し付けを断れば、一年も持たずに金貨二百枚は底をつくさ。運転資金がなくなれば、買い戻し権の行使どころじゃないからな。この買い戻し権をいくらかで買ってやれば納得するだろうよ」


ルックの話には、トールセン商会にとっての利益がまったく、ミラには意図が理解できなかった。


「ついこの間、鉱業組合の一人から、トールセン商会にある話が持ち込まれたんだ」


考え込んでいるミラを見かねたのか、グレンが話を続ける。


「アイルマウントの鉱山から白銀(プラチナ)が見つかったってね」


この世界では、白銀は装飾品ではなく、魔道具の加工に用いられる。白銀には魔力の性質を変化させる作用があり、腕の良い魔道具師が白銀を使って加工した魔道具は通常の魔道具にない特殊な効果を発揮する。白銀を使った魔道具は高値で取引されており、その原料となる白銀も相当な値段で取引されている。


「もしかして、テネメス商会とグレッグ鉱業って……」


静かにワインを飲むルックを見つめ、この男の狡猾さを改めて認識したミラは、先ほどまで、ルックが善意で動いていると思い込んでいた自分が情けなくなった。

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