[031] 巡回の旅
王都を襲った騒乱と火災から半年が過ぎた。復興は目覚ましく、再建された区域に人が戻り活気が溢れ出していた。
「そろそろ、支店の様子を見て回ろうと思う」
そんなルックのつぶやきに色めきだったグレンは、待ってましたと声を上げたが、「グレンは今回は留守番な」と返されたから、大いに抗議している。
「まだ、第二王子派との緊張が解けたわけじゃないんだ。おれかグレンが本店に残らないとまずいだろ。……まぁグレンがきっちり支店の様子を見回ってくれるならおれが本店に残るぞ」
「ルックさんや、おれに商売の話しができるとでも?」
「全く思っていない」
そっとグレンの肩に手を添えたルックが、ミラとマリナ、それに護衛のラルフに旅支度を命じた。
* *
最後までゴネていたグレンの見送りを受け、王都を発ってから二日目にパルマドールの街へと入った。街の両翼に山を備え、その山間に築かれたパルマドールは、王都防衛を担う要塞都市だ。この街のトールセン商会の主な生業は、要塞都市への武具や糧食の納入といった軍関係が多くを占める。
ルック達がパルマドールに辿り着いたのは、すでに陽が落ちかかり、街にはうっすらと闇が差し、街灯がともる頃合いだった。一行は、今日の宿を確保すべく、少し歩を早める。
当然、軍関係の人間が多く住むこの街に、誰もが目を見張る美女が三人も歩いているから、自然と男たちの視線がそちらへと向かう。
ルックは支店巡回中、解呪の腕輪をはずし、女性の姿で行動する。ルックの姿をトールセン商会の支店の人間が先に認めてしまうと、普段の支店の有様に触れることができないからだと言う。
ルックが女性の姿になれる……というか、実は女性の姿だと知るものはトールセン商会でもごく限られた人間だけだ。
パルマドールで一番の宿の最も良い部屋と、同行する三名の部屋を確保することができた。宿の主人は、宿で食事を取ることを勧めたが、ルックは街の酒場に出掛けるからと主人の申し出を断った。
「珍しいですね。ルックさんが外で食事って」
「ああ、あらかじめ支店を訪れることを伝えている場合は外に出ないが、今回のように抜き打ち訪問なら、おれがここにいることは誰も知らないから外で食事を取って、街の噂話なんかを聞くのが楽しいんだ」
パルマドールの中心街の酒場にルック達一行が入ると、軍関係の男たちで賑わう店内にひと時のざわめきが起こる。なにせ、ミラは貴族たちがこぞって側室にと望む美貌で、レミと名乗るルックの女性姿もそれに引けをとらない。さすがにこの二人とは一段劣るとはいえ、マリナもこの二人がいなければ十分に彼らの視線を釘付けにしただろう。
「ようお兄さん! こんな美人に囲まれて羨ましいねぇ」
さっそくラルフが強面の男たちに囲まれている。
「おれは、この人たちの護衛ですよ。ただの冒険者っすよ」
この旅では、故郷を目指す女性たちの護衛を請け負う冒険者というのがラルフの設定だ。
「羨ましいね。そんな依頼なら俺だって大歓迎だ」
「あんたも冒険者なのか?」
「いや、軍関係を相手にしている商売人さ。良かったら一杯おごらせてくれよ」
ラルフがそっとルックを見ると、ルックは軽い頷きで返す。
「ああ、有難くいただくぜ」
ラルフがそう返すと、商売人を名乗る男とその集まりがルック達の席にテーブルを寄せ、共に飲み始めた。先を越されたと他のテーブルの男たちが苦々しい目でルック達のテーブルを眺めている。
ルック達より少し年上だろう男達は、自分の故郷や、商売といった他愛もない話を続ける。どうやらこのテーブルの女性を口説こうとか、ましてやお持ち帰りしようとか、そういった様子でもなく、ただ美女達とひと時、同じ時間を共有できることに喜びを覚えているようだ。
しばらくすると少し離れた席が騒がしくなった。酔った男が、大声で仕事の不満を喚き散らしている。酒場ではよくある光景だ。
ミラがその様子を気にしていると、同席している商売人の一人がその騒がしいテーブルを見て、「あぁ」とつぶやいた。
「あいつは、トールセン商会の人間だな。見知った顔だよ。パルマドール駐留軍の兵站担当との折衝係りだな」
ルックは視線を動かさず、だが、その耳は離れたテーブルへと向けられる。ミラたちも同席する男たちの話しはそっちのけで、トールセンの人間と思しき男の会話へと耳を傾ける。
「……だいたい兵站部のやつら、すぐ賄賂を求めやがる。この国の腐敗は、行きつくところまでいっちまってる」
「ダーウェル、そのくらいにしとけよ。軍への批判はこの街ではご法度だぜ」
ミラがエールを片手にため息をつく。
「……どうやら、贈賄への憤りのようですね」
「ああ、そのようだな。まったくけしからん……」
しばらくして女性姿のルックは、酒を奢ってくれた男たちに礼を述べ、宿への帰路についた。
翌日、解呪の腕輪を身に着け、男性の姿となったルックがパルマドールのトールセン商会支店でダーウェルを呼びつけた。




