[030] 復興への歩み
王宮に赴いていたルックとラルフが帰ってきた。
騒乱のあの日から数日がたち、王都は着々と復興の準備を整え、災禍を免れた地区は、賑わいを取り戻しつつあった。そんな最中にトールセン商会に王宮からの使者が訪れ、ルックとラルフの二人が第一王子スネル・ホルフィーナの元へと赴いたのだった。
「お帰りなさい。ルックさん」
甲斐甲斐しく世話を焼くミラが、スネル殿下との会談はどうだったかと聞く。マリナの手前、平静を装っているが、ネメセス商会の商会長と秘書を手にかけたマリナの沙汰が気が気でなかったのだろう。
当のマリナは、なるようになる、処罰が下されるなら受け入れるまでと、この日まで体を痛めつけながらルックとグレンに剣術稽古の相手を半ば強制し、まるでこの世への未練を断ち切るように木刀を振るい続けた。
トールセン商会の護衛の稽古では、徹底的に追い込み、死のはざまの一歩手前まで鍛錬を強いるグレンが、もうやめておけよと言う有様だった。
「わずか数日でおれの剣が流されるようになってきた」
「おれの剣もかわされるようになってきた」
「欲しいな。あの腕は……」
「ああ。ミラの護衛にはうってつけだな……」
そんな会話がルックとグレンの間でかわされていたことは、もちろんマリナは知らない。
ネメセス商会は取り潰しとなり、ネメセス商会がサウスポートで営んでいた海運業は、トールセン商会が引き継ぐこととなった。ホルフィーナ王国外との交易は莫大な利益をもたらすが、海難事故や海の魔物による被害もあり、投機的な事業ともいえた。ネメセス商会が莫大な借金を抱えたのは、海運業の失敗によるものだった。
そういったリスクを承知しつつ、スネル殿下暗殺の阻止に対しての褒美として海運業を求めたルックには当然、狙いがあった。大海を渡る船に強力な魔導具を積み込めば、商船は戦艦となる。艦船の保有も公式に認められるから、バルバリア商会の商船を襲撃する私掠船とすることもできる。
だが、そんな話にはミラは上の空だった。ルックの長話に苛立ち、つい声を荒げてしまう。
「結局、マリナさんの処遇はどうなったんですか?!」
少し、唖然とした表情を見せたルックだったが、こともなげに言い捨てる。
「この国では私刑は禁じられている。いかなる理由であっても、マリナが罪を免れることはできなかった……。終身奴役の刑(奴隷として生涯、役務につく刑)が言い渡された」
「そう……ですか……」
「ミラさん、気にしないでください。私はその覚悟で、ネメセス商会長を手にかけましたから」
動揺し、俯くミラとは対照的に、淡々とした様子のマリナがミラの肩にそっと手を置いた。ミラの肩が静かに震えていた。
「だが、スネル殿下は暗殺阻止に必要な措置であったとお認めくださり、執行に猶予を与えてくださった。ヤームシュタット公爵家の保護観察の元、五年間罪を犯さなければ無罪となる」
「それならそうと、早く言ってください! どれだけ心配したか……」
あまりの剣幕に少したじろいたルックと、安堵で目に涙を浮かべるミラの対比があまりにも滑稽で、マリナは笑ってはいけないと思いながら、こみ上げる笑いを抑えきれず肩を震わせ笑ってしまった。
「もちろんヤームシュタット公爵がマリナをいちいち監視するなんてことはないから、代理人がマリナの保護者となるわけで、代理人はこのおれ、ルック・トールセンだ。五年間、丁稚奉公してもらうことになる。衣食住は保障するからしっかり働いてくれよ」
ここまで、極刑を覚悟して平静を保っていたマリナだったが、ルックの手回しの良さとしたたかさに唖然とするのであった。
* *
王都は復興に向け、慌ただしく動いている。トールセン商会とバルバリア商会は、互いに妨害することもなく、一時休戦とばかりに復興に必要な資材を次々と運び込んでいる。
ホルフィーナ王国の商人ギルドに加盟する商会や商人は、戦災や自然災害復興時は、王国から商会ギルドを通じて、建築資材や衣服、食糧の調達を依頼される。実際には、依頼とは名ばかりの強制徴用で、指定された資材を指定された価格で供出しなければならない。出来なければ巨額の罰金が科される。
それならば、敵対商会を妨害すれば、その商会は大変な目にあうと思うだろうが、妨害した結果、調達できなかった物資の調達は、別の誰かに割り振られるため、お互い得がないと、復興材調達令が発令されている期間は、暗黙の了解で妨害活動は行われない。万が一、この暗黙の了解に反した商人がいれば、王国中の商売人から、その後の取引を拒否されるだろう。
復興地区にトールセン商会が運び込んだ木材と石材が山のように積まれている。
建築現場に運び込まれるそれらの資材の搬出を確認し、帳面に何かを書き込むミラの横に、剣を帯びた赤い髪の女性が立つ。
新たにトールセン商会に加わった剣士マリナは、復興に歩む王都を眺めながら、これからの自分の姿を重ね合わせた。
砂埃と喧噪にまみれた王都の一角で、だが、空を見上げると広く大きな真っ青で雲一つないその場所が思いのほか心地よかった。




