[029] 騒乱の後
マリナの眼前で繰り広げられていた、クリフ・エンドルフとレグルスの戦は、本格的に介入した近衛兵によって鎮圧された。ラルフの進言により、一時後退していたスネル王子は、『爆炎の魔導具』を奪還したとの報せを受け、一気に前線へと繰り出し、瞬く間に乱を治めてしまった。
クリフ・エンドルフとレグルス男爵は、その身柄をスネル王子に委ね、戦いに参加していた兵は、この場から去れば罪には問わぬというスネル王子の言葉に従い、霧散した。
マリナの元に、レミやグレン、それにトールセン商会の人間が次々と集まる。
「マリナ、それにラルフ……。よく『爆炎の魔導具』を止めてくれた」
レミが、それぞれに目を合わせながら労いの言葉を掛ける。
「ありがとうございます。おかげで、村の秘宝を王族の暗殺に用いられることなく、取り戻すことができました。本当に感謝しています……ルックさん……」
レミを名乗る、ルックが少しだけ驚いた表情を見せた。
「……どうして、私がルックだと気づいたんだ?」
「だって、ニコラスさんが思いっきり、レミさんを見て「ルックさん!」って言ってましたから」
ルックは、この日一番の深いため息を吐き、額に手をあてる。
「偽名を使うとか、慣れないことはするもんじゃないな……」
「そんなことはどうでもいいけど、ロットヤード村のマリベルを討った、グリムバッハってやつは、今回の戦いには参加していなかったみたいだな」
小さな声でグレンがぼやく。
「グレンさんは、父を知っているのですか?!」
「ああ、ロットヤード村の剣士といえばマリベルだろ。マリベルは剣聖ハインセルに師事した剣士で、ハインセル傭兵団に身を置いていたが、子を授かったのを潮時と感じて傭兵団を去り、故郷のロットヤード村で剣を教えていると風の噂に聞いていたことがある」
「父が剣聖ハインセルの弟子……」
「なんだ? 知らなかったのか?」
「父は、あまり自分を語る人ではなかったので……」
俯いたマリナの目に、再び熱いものが込み上げ、それは留めようもなく滴り落ちた。
その傍でスネル・ホルフィーナの従者とラルフが何か話している。おそらく、今回の顛末についての事情聴取と恩賞について、だろうか……。
マリナがふと後ろを振り返ると、まだ鎮火しない炎が王都の空を紅く染めていた。
* *
王都の騒乱から数日がたち、トールセン商会の大きなガラス窓から見える真っ青な空を見上げる。昨日までは、わずかな残り火から立つ煙が、空を薄く灰色に染めていたが、それも無くなった。
ルックは、焼け落ちたエルス醸造所の復興と醸造所の規模拡大のため、焼け野原となったエルス醸造所の周りの土地を買い漁っている。
エルス醸造所の親子、ヨーゼフとクレオは、トールセン商会の土地に急造された小規模な醸造所で、ヨーゼフが懸命に守り抜いた酒の種を育てている。醸造所で働いていた従業員たちも彼らに従い、誰一人欠けることはなかった。当面利益が出ない酒造事業を保護し、給金を保証してくれたルックを粋に感じたヨーゼフは、エルス醸造所がトールセン商会に属することを快諾している。
そして、トールセン商会の大多数の人間は、王都再建のため、建築素材の調達に勤しんでいる。
バルバリア商会の騎兵との闘いの最中、身を挺して、二本の槍を体で受け止めたニコラスは、命こそ取り留めたものの、恢復にはかなりの時を要するそうで、恢復したとしても、これまで通り前線で働けるほど元の体に戻れないだろうと言われていた。
ルックはニコラスに、エルス醸造所の手伝いをしつつ、護衛をしないかと提案した。
ニコラスは、少し考えた後、ルックの提案を受け入れたそうで、今は、小さな仮の醸造所で、魚醤と酒造りを学んでいる。
マリナはというと、『爆炎の魔導具』を奪還し、村に帰ることも考えたが、父マリベル亡き後、今回のように魔導具を狙われると、村人だけでは対処できないだろうと、『爆炎の魔導具』をルックに預けた。
『爆炎の魔導具』を貸与するかわりに、利子として剣術を教えろ!……と、ふっかけてみたマリナだったが、剣聖コルネウスの弟子ルックと剣聖ハインセルの弟子グレンに散々に痛めつけられ、壊れかけた体を引きずり、何とか辿り着いた自室の窓から外を眺める。
トールセン商会の大きなガラス窓から見える真っ青な空が、マリナの眼前に大きく広がっていた。




