[028] 王都での戦い(3)
前を行く魔導士との距離が縮まらない。マリナは必死に馬を駆る。バルバリア商会の騎馬とは違い、魔導士ならすぐに追いつけると思い込んでいたが、先を行く魔導士の馬術は、騎士ほどではないものの、マリナより上手だった。
王都の一部を焼き尽くした火災の煙が流れ込み、異臭が鼻をつき、視界は遮られ、目に痛みを感じる。必死に前を見据えると旗が見えた。第一王子の旗だ。
第一王子派のクリフ・エンドルフが率いる軍と、第二王子派のレグルスの軍との間で大きくたなびいている。
(……第一王子は後退したんだろうか)
不思議なことに、戦場の様子がくっきりと見える。魔導士を追いながらも、自分があまりにも冷静でいることに驚いた。追っている魔導士が、初めて見た男で、仇という実感が沸かないからだろうか。
目の前で次々と人が倒れて行く。
クリフ・エンドルフもレグルスも互いに兵を引こうとしない。
第一王子率いる近衛兵は、両軍を抑止できていないのであろうか。それとも第一王子は後退し、両軍の戦いに介入できていないのだろうか。
魔導士との間隔が少し縮まった。
地に転がる人や打ち捨てられた武具が魔導士の馬脚を鈍らせている。
ふいに、マリナの目の前で騎士が交錯した。どちらの陣営の騎士かは分からないが、すれ違いざまに片腕を斬り落とされ、落馬する。マリナと変わらぬ年頃の青年だった。
(……この人たちは何故、命を賭して戦っているんだろうか)
ふと脳裏によぎったのは、第二王子派が暗殺という悪辣な手段を用いてまで暗殺したい第一王子は、王国民にとって悪逆なる政策を抱いており、それを阻止するために多くの人間が血にまみれて戦っているのではないかという疑念だった。
(今ここで、第一王子の暗殺を阻止することで民が不幸にさらされないのだろうか……)
マリナには、『爆炎の魔導具』による暗殺を阻止したいという明確な思いはあったが、何故、第一王子派の人間を暗殺したいのか、という考えはなかった。
しかし、互いの命を散らしながら、それでも戦いを辞めない両陣営の気迫に気圧され、マリナは魔導士を追うことを躊躇した。
「貴様!! エンドルフ家の兵か!?」
マリナの前に一人の騎士が立ちはだかった。言うが否や振り下ろされる剣を受け流し、受け流した剣を騎士の鎧に向けて突き出すと、剣は鎧を突き抜けはしなかったものの、その衝撃に耐えきれず騎士が落馬する。バルバリア商会の騎士の技量とは比べ物にならないほど弱い。
これでいい。無駄な殺しはしない。だが、わずか十数秒の攻防は、バルバリア商会の騎士との距離を絶望的なまでに広げてしまった。
(ダメだ追いつけない……)
マリナが手綱を緩め、追撃を諦めかけたとき、両軍の間、第一王子派の親衛隊から騎馬の一団が飛び出した。
一団は、一直線に魔導士へと駆ける。
驚いた魔導士は、馬を停め手元に魔力を込める。『爆炎の魔導具』はわずかな魔力でも、通常の火の魔導具の数倍の炎を生み出す。
渦を巻いた炎が、一団に襲い掛かる。だが、一団は散会し炎をかわす。一団の中には見知った顔……。ラルフがいた。
「ヤツが暗殺の実行役だ! 必ず生きて捕らえろ!」
ラルフと他の騎士は散会したまま遠巻きに魔導士を包囲する。
「残念だったな。ここにスネル殿下はいない。諦めて投降しろ。首謀者を明かすなら、スネル殿下は命までは取らないと仰せだ」
マリナも追いつき、包囲網の輪に加わり魔導士の背を取る。
「ラルフさん! 気を付けてください! 『爆炎の魔導具』はこの辺り一帯を吹き飛ばす威力があります!」
魔導士の肩が少し揺れた。
「その通りだ……。命を助ける? はなからそんなつもりはないだろ」
『爆炎の魔導具』に魔力が集まる。その動きを止めるためにラルフたちが一斉に魔導士に襲い掛かる。
「遅いわ!」
魔導士が爆炎を放とうとした刹那、魔導士の背に二本のナイフが突き立った。
――マリナの放った投げナイフ。
『爆炎の魔導具』に込められた魔力が発散する。使用者の集中が途切れると魔導具はいとも容易く、その力を失う。
「村の秘宝は返してもらう!」
三本目の投げナイフを放とうとしたが、魔導士はすでにラルフに取り押さえられていた。すでに『爆炎の魔導具』は魔導士の腕から取り外されている。
「ルックさんは、魔導具マニアだから気をつけろよ」
冗談を言うラルフから受け取った『爆炎の魔導具』をしっかりと掴むマリナの目に熱いものが込み上げた。




