[026] 王都での戦い(1)
まるで王城の一室であるかのような、精緻な意匠を凝らした大窓の前に立ち、メーデン・バルバリアは眼下を見下ろした。バルバリア商会本店の庭には、数こそ多くはないが、選りすぐりの私兵たちが集められている。どれも王都では知られていない顔ばかりだ。皆、無駄口ひとつ叩かず、ただ静かに次の指示を待っていた。
内戦鎮圧のために第一王子スネル・ホルフィーナ出撃の報を受け、即座に第一王子の暗殺を決断した。
グリムバッハが奪取した『爆炎の魔導具』は、すでに手元にある。あとは、いつ、どの第一王子派要人に向けて矢を放つか。その一点のみが未定だった……。
計画は巧妙に練り、バルバリア商会の関与を示す証拠は一片も残してはならない。そこでメーデンは、暗殺の実行役にネメセス商会を選んだ。
ネメセス商会は、複数の事業に失敗し倒産間近で、バルバリア商会への債務は金貨数十万枚にもおよび、返済は不可能だった。債務を帳消しとし、国外での優雅な暮らしをチラつかせると、ネメセスは簡単に乗ってきた。
――すでに、まともな判断力を失っていたのだろう。
メーデンの意を受けたクルジスの指示で動き、ネメセスは『爆炎の魔導具』を強奪した。すぐには強奪せず、成立する可能性のない譲渡交渉を行ったのも、ネメセスの名を印象付けるためだった。
そのネメセスが、何者かに殺された。要人暗殺のスケープゴートが手駒から消えてしまったのだ。
メーデンは、瞬時、動揺した。『爆炎の魔導具』を使えば、それはネメセス以外の誰かとなる。
計画の頓挫がよぎる……。
だが、メーデンの頭脳は即座に次の策を弾き出した。ビルヘイデン伯爵の元へ使者を飛ばし、ネメセスの暗殺を第一王子派の凶行とし、報復するように要請する。ビルヘイデン伯爵は応え、ネメセスの護衛を派遣していたレグルス男爵を旗頭に据え、第一王子派の王国宰相トマス・グレイストン伯爵を襲撃した。
レグルス男爵の襲撃で、トマス・グレイストン伯爵を討てるとは思っていない。バルバリア商会に身を寄せていたネメセス商会の秘書に、レグルス男爵への伝令を言づけるよう命じた。「トマス・グレイストン伯爵邸と距離を取り、状況を膠着させるように」と。
しかし、その伝令は届かなかったようだ。
レグルス男爵は、戦場を引き上げ、部隊の再編を始めた。
トマス・グレイストン伯爵を釘付けにし、『爆炎の魔導具』で邸宅ごと葬り去り、ネメセス商会の秘書の仕業に仕立て上げることは出来なかった。
……次はどうするか……。
メーデンが、思考を巡らせていると、エンドルフ伯爵家の第二子、クリフ・エンドルフが軽挙妄動し、ビルヘイデン伯爵邸を襲撃し、内戦状態に陥った王都の治安を恢復すべく、スネル・ホルフィーナが出撃したとの一報を受けた。
――これを僥倖と言わず、何と言うべきか。
窓辺ではクルジスの指示を受けた私兵たちが、『爆炎の魔導具』を忍ばせ、内戦の舞台へと駆け出した。
* *
雪崩れ込んだ川の水は、火災の勢いを大いに弱めはしたものの、火は所々でまだ残り、煙と水蒸気が混じり、視界を著しく悪くしている。
それでも『光標の魔導具』はたしかに一方向を指し示し、その光は強くなる一方だという。光が強くなればなるほど双方の距離が近いのだとレミが教えてくれた。
マリナの目は、その光を捉えることはできなかったが、この混沌とした視界の中、迷いなく馬を駆るレミの後ろ姿には、彼女の確信を感じ取ることができた。
馬を操ることに集中していたため気づくのが遅れたが、遠方で馬のいななき、大勢の叫び声、そして地響きが聞こえていた。
突如、レミが馬の脚を止める。グレンたちもそれに倣い、手綱を引いた。
視界の先に、馬を駆る一人の男が躍り出た。おそらく、レミやグレンが話していたニコラスだろう。
「グレンさん! それに……」
ニコラスが一瞬こちらに視線を向けたような気がした。何かを言おうとしたニコラスを遮り、レミが問いかける。
「ニコラス、お前が見つけたのは間違いなくバルバリア商会の人間なのか?」
「何人か、集団で行動する群れの中に、一人見知った男がいました。私の護衛する商隊が、バルバリア商会に襲撃され、返り討ちにしたのですが、その中にかなりの手練れが混ざっていて取り逃がしてしまいました。その男の顔を忘れることはございません」
「よく知らせてくれた。感謝する。ところでその馬はどこで手に入れた?」
「はぁ……。密集する避難民の中を、馬で駆け抜けようとする不届き者がいまして。注意したところ、馬を棄てて逃げ去ったものですから、ひとまずお預かりしておきました」
(それは、馬を強奪したってことじゃないか……)
人のよさそうな中年傭兵が、こともなげに言い放つ様子に、マリナは呆れてしまった。だが、そのおかげで、『爆炎の魔導具』の元に辿り着くことができるかもしれないと思うと、なんとも複雑だった。
「駆けながら話すぞ」
ニコラスの先導に従い、馬を駆る。その間、レミは、『爆炎の魔導具』の存在と、第一王子の出撃、そしておそらくニコラスが見たバルバリア商会の一団は、第一王子スネル・ホルフィーナの暗殺を企図していることを端的に伝える。
事態の深刻さに驚愕したニコラスが馬に鞭を打つ。馬が汗をまき散らしながら駆ける。
――駆けに駆けた。
「いました! あいつらです!」
ニコラスの指し示す方向に、第一王子派と第二王子派、それに近衛兵団が混ざった乱戦に飛び込もうとする一団の姿があった。




