[022] バルバリア商会の陰謀
ネメセス商会の秘書を仕留めはしたものの、兵は第二王子派の兵たちに取り囲まれ、必死に剣を振るって踏みとどまっていた。しかし、その状態が長く続かないことは明らかだった。そこにグレンが割って入り、第二王子派の兵を数人斬り伏せると、取り囲んでいた兵たちは明らかに動揺した。後ずさりしながら距離を取り、やがて背を向けて散り散りに逃げ出した。
グレンに助け出された兵は、危機を脱したことを悟り、安堵したのか、片膝をつき必死で息を整えようとする。その様子を見て、グレンが腰にぶら下げていた、水の入った革袋を渡し、飲むように促す。
「……助けていただいたうえに、水まで……本当に、申し訳ありません」
――あきらかに女性の声。
グレンは驚き、思わず覗き込む。ヘルムの隙間からは、真っ赤な長い髪が垂れ下がり、緑色の大きな瞳がこちらを見据え、だが、戸惑う女性の姿がそこにはあった。剣さばきこそ見事だったが、体は小さく、振り下ろす剣もどこか軽い印象を受けた。だが、この兵が女性であれば、すべて納得がいく。……納得はいくが、一方で納得してはいけない事情もある。
「この国では、王侯貴族や魔導士、魔法使い以外の女性が兵役に就くことを禁じている。お前はなぜ、歩兵の姿でここにいる?」
問いの意味を理解したのだろう。甲冑に身を包んだ女性は、はっとしたように視線を伏せた。正規兵でない者がこの場にいる以上、間者と疑われても弁明の余地はない。グレンも、とっさに口をついた言葉が不用意だったと気づき、再び言葉を選びながら話しかける。
「おれは、トールセン商会のグレンだ。兵じゃない。ネメセス商会が属するバルバリア商会と争っている商会の人間だ。そのネメセスの秘書を討ち取ったあんたは、俺達の敵ではない。むしろ同志だろ? 詳しい話は後で聞く。本店まで俺について来てくれないか?」
言い終わるのを待たず、兵装の女性が勢いよくグレンの両手を掴む。表情は、まさに死に物狂いだった。そして、すがりつく思いで話し出した女性の情報に、グレンは驚愕し、女性の手を引き、急ぎトールセン商会本店へと駆け出した。
* *
トールセン商会の中庭では、集められた護衛や私兵、総勢百名余りが整列していた。消火活動の開始を今か今かと待ち構える中、ルックは部隊編成と各自の役割を告げていく。
その緊迫した空気を引き裂くように、グレンが中庭へ飛び込んできた。
中庭に集まっていた者たちは一斉にざわめき、ルックもまた眉をひそめ、即座に苦言を呈した。
「グレンさん。ハーマン男爵を討ちに出たお前が、なぜ女を連れて戻ってきた。説明してもらおう。まさか、この状況で結婚のご報告じゃないだろうな」
「あら、とても綺麗なお嬢さんですね。さすがグレンさん」
ミラが真顔で褒めるから、集団の所々からクスクスと笑い声が漏れた。
「いやいや、冗談を言い合ってる場合じゃないんだ。ちょっとヤバイことになってるんだ。場合によっちゃ消火活動に人を充ててる場合じゃないかもしれない。ここではアレだから、ちょっと部屋で話せないか?」
普段から飄々としたグレンが、珍しく真剣なまなざしでルックを見つめるから、事の深刻さを察して、ルックは、一団に休みながら待機と告げ、グレンとミラ、それに兵装の女性を連れ応接間へと足を運ぶ。
* *
「……サウスポートの東、ロットヤード村の出身です。マリナと申します」
翠緑の瞳を伏せ、マリナは静かに頭を下げた。その仕草は丁寧だが隙がなく、ルックは相当な剣の使い手だと察した。すでにトールセン商会本店までの道中で兜は脱ぎ捨てていて、露わになった焔のような赤く長い髪が、肩口へと零れ落ちた。
間を置かず、グレンが淡々と言葉を重ねる。
「ネメセス商会長を討ったのは彼女だ。戦場では、ネメセスの秘書も斬っている」
あまりに事もなげな口調だったが、その内容に、ミラは思わず息を呑み、一歩後ずさった。ルックはマリナの姿をじっと見据えたまま、声を落として静かに語りかける。
「……そいつは驚いたな。事情を教えてくれないか?」
ルックに促され、マリナは小さく頷くと、どう話すべきかと少し思案を巡らし、そして口を開く。
「私の父と母、それに兄は……ネメセス商会と、バルバリア商会の剣士の手にかかり、殺されました」
言葉に詰まる。家族を殺害された無念を抑えきれないのだろう。誰一人、続きを促すことはなく、マリナの次の言葉を待った。
「仇を討ちたいという思いも、もちろん強いです。ですが、それ以上に深刻なのは、村の秘宝、『爆炎の魔導具』が盗み出されたことです」
「爆炎の魔導具……」
ルックの瞳に、思わず隠しきれない興味の色が宿る。気付いたミラが、小さく息を吸い込んだ。
「……ルックさん!」
魔導具コレクターと揶揄されるルックは、ミラに窘められると、ばつの悪そうな表情で話を続けるように促した。
――再びマリナが話を続ける。
ネメセス商会の人間が村を訪れ、『爆炎の魔導具』を買い取りたいと持ちかけてきた。だがそれは、火の魔導具の中でも最高傑作の一つに数えられ、王国から正式に『爆炎』の名を与えられた、宝具として認定される逸品であり、村の宝であった。
幾度となく交渉に訪れたネメセス商会が、最終的に提示した金額は、村の収入の十年分をはるかに上回る額だった。しかし、ロットヤード村の村長は、最後まで首を縦には振らず、万が一の場合に備えて、マリナの一家に魔導具の警備を依頼した。
マリナの父は、王都でも名の知れた剣士で、道場を開き、近隣の村の若者を集めて剣を教えていた。母と兄もまた、腕に覚えのある剣士で、マリナも幼い頃から皆の背を追って剣の修行に打ち込んでいた。
数日後、村長の悪い予感が現実となる。
魔導具を収める宝具庫が襲われ、父と母、それに兄が討たれた。休憩中でたまたま現場に居合わせなかったマリナは、難を免れたが、異変に気付き村人たちと共に駆け付けたときにはすでに、爆炎の魔導具は奪われ、三人の骸が無残に転がっていた。
声を上げて泣き叫ぶマリナを押さえ、せめて三人の亡骸を葬ろうと村人たちが近づくと、わずかに父の胸が上下した。
我に返ったマリナが駆け寄ると、父は血に染まった唇をわずかに動かし、掠れる声で告げた。
「……バルバリアの剣士、グリムバッハ……。奴らは私が死んだと思い込み、とんでもない事を口にしていたぞ……。」
最期の言葉を聞き、マリナはすぐさま爆炎の魔導具を取り戻す旅に出たと言う。
ルックとミラの顔色が一気に失せた。これでは商人ではなく、もはや野盗ではないか。バルバリア商会のやり方は、ここまで卑劣なのかと驚きと怒りを露にするが、続くマリナの言葉は、その驚きをはるかに上回った。
「父の最期の言葉によれば、バルバリア商会は、爆炎の魔導具を使って、第一王子派の要人を暗殺するつもりです。……私の村の宝を、そんなことに使わせるわけにはいきません。お願いです。爆炎の魔導具を取り戻すため、どうか力を貸してください!」
第一王子派の要人が暗殺されれば、形勢は一気に第二王子派へと傾く。そうなれば、トールセン商会が無事でいられるはずもない。
――消火活動か、それとも爆炎の魔導具か。
これは消火活動より、爆炎の魔導具の捜索を優先しなければ……。
ルックは忸怩たる思いを胸の奥に押し殺し、決断を下した。
「……消火活動は中止する」
クレオやヨーゼフさん、それにニコラスたちの顔が浮かんだが、ルックはそれを振り払い、各部隊に捜索方針を指示し始めた。




