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[020] 幻の酒

 いつにも増して不機嫌な感情を隠そうとしないクルジスに、バルバリア商会の使用人たちは出来るだけ関わろうとせず、すぐにでも部屋から出たいと心の内で願っていた。


バルバリア商会本店の番頭クルジスの前で、ネメセス商会の商会長は、視線を床へと落とし、その肩は恐怖に震えていた。


「何故、宰相の息子を襲撃した」


ネメセス商会長が逡巡(しゅんじゅん)する。エルス魚醤醸造所の息子に報復しようとして、誤って宰相の息子を襲撃してしまった……。ありのままを話すのが正解なのか、もっともらしい理由を言い訳にして自らの行いを正当化するのが正解なのか……。


刹那の間をおいて、ネメセス商会長が選んだのは後者だった。


「エルス魚醤醸造所にトールセン商会が接触しています。狙いはおそらく”あれ”かと思われます。いち早く気づいた我々は、トールセン商会に指示を出している人物が宰相であるとの情報を把握いたしました。今回の襲撃は警告であります」


ネメセス商会長の言葉に、クルジスの顔が曇る。


「たしかにエルスの”あれ”を握られると社交界では厄介なことになりますね」


納得顔のクルジスを上目遣いで見つめながら、ネメセス商会長は、賭けに勝ったとほくそ笑んだ。


* *


 トールセン商会本店のルックの部屋では、そわそわという表現がこれほどまでに適切な表現なんだろうかというくらいに、そわそわしているグレンと、何も分からずにソファーに座っているミラがいた。


「あの、ルックさん……。なんだかとても楽しそうじゃないですか?」


ミラが指摘したように、普段は冷静沈着、むしろ冷徹非道というべきルックのテンションがおかしい。そしてグレンの様子も、かわいい、もしくは綺麗な女性と対面しているときのような雰囲気で、ミラには二人の様子が気がかりで仕方なかった。


「じゃあ、ヨーゼフさんのお土産を開けるぞ」


ルックが手に取ったのは、エルス魚醤醸造所のヨーゼフさんからもらったお土産の酒瓶で、エルス魚醤醸造所でわずかに作られている酒だという。ヨーゼフさんのおススメに従い、キンキンに冷やされている。


蓋を開け、グラスに注がれたその酒の色は、わずかな黄金色で、ほぼ透明といっていい色合いだった。


「これが、王族か有力貴族しか手に入れることができない幻の酒か……」


ゴクリとグレンが喉を鳴らす。


「年間に百本しか出回らない幻の酒、大吟醸……」


ルックとグレンが(うやうや)しく乾杯するから、ミラも釣られて乾杯する。そして、一口、口に含んだ味わいは、これまで飲んでいたエールやワインとは全く別の、とろりとして、フルーツのような甘味を感じさせつつ、しっかりとした酒の味わいを伴う鮮烈な風味だった。


「すごく美味しいお酒ですね」


ミラが無邪気な感想を述べる。


「この酒は、この瓶一本で、金貨20枚(二百万円)の価値があるからな」


ルックがそう言うと、グレンが何度も頷いている。とんでもない物を飲んでしまったとミラが青ざめる。


「エルス魚醤醸造所は、ヨーゼフさんの爺さんの代に、困窮した異世界の人間を保護し、この酒の醸造方法を伝授されたという伝説がある。伝説はさておき、この大吟醸という酒は、麦酒とも果実酒とも違う製法で作られていて、手に入れることが出来ない幻の酒と言われている。この酒の製法は門外不出で、誰も真似できないそうだ」


いつになくルックが饒舌に解説する。


「年間に約百本だけ作られるこの酒は、王に20本献上されるから、市場に出回るのはわずか80本なんだ。王都の一流料理店や、貴族がこぞって手に入れようとするから、今では金貨20枚の価値まで高騰している」


「それでバルバリア商会は、エルス魚醤醸造所の独占を狙ったんですね」


ミラの反応に、商売が分かってきたなと優しい目を向けるルックを見て、グレンがあからさまに嫉妬して見せる。


「ルックさんや。最近、ミラちゃんとの距離が近すぎませんかね」


心当たりのあるミラは、顔を赤くし、視線を逸らす。ルックといえば、気にすることもなく、「そりゃ、秘書だからな」と言い放つ。


やってられるかと、グレンは、空になったグラスに幻の酒を並々と注いだ。



翌朝、トールセン商会にネメセス商会長が殺害されたとの一報が舞い込んだ。

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