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[002] ミラの葛藤

 王都の衛星都市の一つラザイは、王都から東に二十キロメートル程の位置にあり、ホルフィーナ王国を縦断する大河、ミルヴァリシア川の支流であるラザイルシア川を街の中心に据え発展した街だ。ラザイから東の都市や他国から王都に輸送されるあらゆる物資は、ラザイに集積され、ここから陸路で王都へと運ばれる。


ルック達に連れられたミラは、ラザイに設けられたトールセン商会の支店に入り、風呂での休息と衣服、そして食事を与えられる。ここまで凌辱されることもなければ、暴力を振るわれることすらなかった。それどころか、赤髪の大男グレンはミラの気を惹きたいのか、ラザイの街への道中も何かと気にかけてくれ、少し寒いと言うと新品の毛布を用意してくれた。


「グレンが気に入っているのは分かっているが、お前には俺の秘書を務めてもらう」


グレンが涙目になり、商会長の横暴だと叫んでいる。そんなグレンに一瞥もくれず、こちらを見つめるルックに対して拒否権など無いことは分かっているが、不安を口にしてみる。


「私は農村の娘です。商会長の秘書が務まるとは思えません」


すると、革でしつらえた、いかにも高価そうな椅子から立ち上がったルックがミラに近づき、そっと髪をなでる。


「大丈夫。ミラの美貌があれば横に立ってくれているだけで秘書は務まるから」


明らかに馬鹿にした発言だが、むしろ美貌と言う単語は、この男のためにあると思えるほどの綺麗な目鼻立ちで吸い込まれるような漆黒の髪と瞳を持つルックに髪をなでられ、心の内が熱くなってしまう自分を恥じた。


普段着用に与えられた衣服とは別に仕事着が支給された。


純白のシルクのシャツに、綿でしつらえたブラウンのロングスカート。エメラルドの宝飾が施された腕輪と、光を弾く程に磨き上げられたヒールの高い黒の革靴だ。


「ミラちゃん、最高……」


仕事着に着替えたミラをグレンが親指を立てて称賛する。


「あと、これを掛けておいてくれ」


ルックから手渡された眼鏡を掛ける。ミラは、目が悪いわけではないから伊達眼鏡だ。


鏡に映る自分の姿に心を奪われる。


「すごい……。服でこんなに変わるんだ……」



 トールセン商会が新たに雇った秘書は、驚くほどの美貌だと、商人たちの間で噂が広まった。トールセン商会の取引先は、噂の秘書を一目見ようと商会を訪れるが、取引の席に現れるのはルックとラザイ支店の番頭を務める、カトラスの二人だけだった。


トールセン商会の提示する取引金額は、あきらかに高額で不利な内容だが、契約の大詰めになると姿を見せ、契約内容を丁寧に説明するミラの姿に見惚れた商人は、多少不利な内容でも契約書にサインする。


「これでよろしいのでしょうか。少し心が痛みます……」


「あいつらは納得してサインしたんだ。何も問題ないさ」


悪びれることなく言い放つルックに嫌悪感を覚えつつも、取引の場に踏み込んだ瞬間に男たちが自分を見つめる視線と、あえて隣の席に座り、距離を縮めて契約内容を説明した後の納得顔でサインをする馬鹿な男たちの仕草に、初めて自分の価値を見出したミラはその高揚感に戸惑っていた。


商人が、羽ペンにインクを染み込ませ、紙の上を削るように走らせる乾いた音が終わり、書面の文字を確認した瞬間、言い知れぬ充足感が全身を走り抜ける。今日もミラのおかげで話がスムーズにまとまったと定型文のように繰り返すルックが憎い。憎くて仕方ないのに、もうルックから離れて生きる姿を想像できない。


バルバリア商会に娘を奪われた両親の元には、ルックの計らいでミラの無事を知らせつつ、トールセン商会で新たな職に就いたことを知らせる手紙が届いている頃だろう。


両親の悔恨と不安を取り除いてくれたルックへの感謝と、女としての私をとことんまで利用するルックへの嫌悪が入り混じる。


ふと自分の感情に疑問が芽生えた。


本来、奴隷として売り払われ、人以下の扱いを強いられていたであろう自分を物として扱わず、価値を見出して安定した生活を与えてくれたルックに対して、嫌悪感を抱くだろうか。


この嫌悪感の正体は、男をたぶらかすために仕立て上げられた美貌だけの女としての扱いではなく、ルックという商人の底の見えない悪徳への恐怖感なのかもしれない。


……考えても仕方ないことだ。ルックがどれほど汚い商売をしていようが、今の私にはルックの元で生きるしかないのだから。



 しばらくの間、ラザイに滞在し、この地での重要な商取引を一通り終わらせた後、王都の本店に戻る予定だったが、ラザイの北のアイルマウントの支店から、鉱業従事者への貸し付けがことごとく焦げ付いていると連絡を受け、急遽行先をアイルマウントに変更した。


ルックとグレン、それに加えて何人かの護衛を供とし、アイルマウントに到着したのはラザイを出発して五日後だった。


旅の途上、驚いたのはルックの剣の腕の見事さだ。出くわした二足歩行のトカゲのモンスター数体を瞬く間に切り伏せ、涼しい顔で馬車を進めた。


「ルック様ってあんなに強いんですか?!」


「この国で俺とまともに立ち会えるのはルックぐらいだからな」


大の大人が、二人か三人でやっと持ち上げることが出来そうな戦斧を片手で振り回しながら笑顔で親指を立てる。


身長190センチを超える大男のグレンと170センチを少し超えるくらいのルックが互角に立ち会う姿は想像できない。だがトカゲのモンスターを切り伏せる速さは、ミラの目には捉えることができず、ルックが異常に強いという話は間違いないのだろう。



 アイルマウントに到着したルックとミラは、旅の埃を落とした後、さっそく債務者の元を訪れる。アイルマウントは、ホルフィーナ王国でも有数の鉄鉱山が連なり、採掘された良質な鉄鉱石と鉄鉱石を利用した武具や農具の生産で潤う豊かな街だ。トールセン商会は、採掘の拡大を目指すアイルマウントの鉱業組合に、投資に近い形で資金を投下してたのだが、ここ最近、アイルマウント近隣での鉄鉱石の価格下落が激しく、経常赤字が広がる一方だという。


普通に考えれば、鉄鉱石のような重量の大きな資源は、採掘場所から遠くなれば遠くなるほど輸送費がかさみ高額となる。しかし、アイルマウント近隣では、他の地域から持ち込まれた格安の鉄鉱石が市場を巡り、アイルマウントの鉱業を大きく圧迫してるという。


グレンや護衛の人間には、アイルマウントの街で不審な動きがないか調査するよう申し付け、ルックは、安価な鉄鉱石の出処と、その取引が採算にあった取引かを調査するため、ミラと二人で近隣の街を訪れることにした。


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