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[017] 手形の回収

 王都の商館街を貫く大通りは、人波で埋め尽くされていた。絶え間ない喧噪の中、行き交う者たちは互いに視線を向ける余裕もなく、皆が足早に自分の用事を片づけようとすれ違っていく。


それでも、金髪の美しい女性と、赤髪の大男という目立つ組み合わせとすれ違うと、人々の反応はほんのわずか変わった。ある者は、ふと足を止めて二人に道を譲り、またある者は歩みを緩め、女性の姿を少しでも長く(まぶた)に焼きつけようとする。


トールセン商会の業務で取引先を訪れるミラに、暇だからと散歩を兼ね、そして半ば当然のように護衛役を買って出たグレンが付き添っていた。


「ミラちゃんが手形の回収に回ってくれると、支払いが早くて助かるな」


「いえ、それは……後ろからグレンさんが圧をかけているからじゃないですか?」


ここ最近、商いの流れを少しずつ理解してきたミラは、ルックから手形(後払いの証文)を現金化する交渉を任されるようになっていた。


「むさい男が行くより、ミラが行ったほうが、支払う側も気持ちいいだろ」と相変わらず、ミラに女を使わせるようなことを平然と言うルックだが、「それならルックさんが女性の姿で行けばもっと簡単に回収できますよ」と、言い返すくらいには軽口が叩ける関係になっていた。


 トールセン商会の本店へ戻ろうと歩を進めていると、前方の人波の中にひときわ大きな人だかりができており、怒号が飛び交っていた。


「このクソガキ! おれの毛皮を汚しやがって!」


「ぶつかってきたのはそちらじゃないですか!」


人だかりが壁のように立ちはだかり、ミラには状況が見えない。しかし、周囲の誰より頭ひとつ――いや、ふたつは大きいグレンには、騒ぎの中心がよく見えているようだ。


「グレンさん、何が起こっているんですか?」


「どうも、少年が、いかにも金持ちそうな商人の毛皮の服に魚醤をぶちまけたみたいだな。少年は、商人がぶつかってきたと言ってるけど……。あっ……」


グレンが眉をひそめた瞬間、商人の付き人が勢いよく少年を蹴り上げた。少年の姿は見えなかったが、年若い男性の悲鳴だけは、ミラにもはっきりと届いた。


「こちらは、ネメセス商会の商会長、クレイ・ネメセス様だぞ!」


付き人の声にグレンが反応する。


「ネメセス商会といえば、バルバリア商会系のクソ商会じゃねぇか」


グレンは人の壁をかきわけ、人だかりの輪の中心へと踏み込んでいく。ミラも慌てて後を追った。


輪の中央には、地面にうずくまる少年。それに服装だけは立派だが、気品という商品をとっくの昔に売り払ったであろう商人と、秘書を装ってはいるが、素行の悪さが滲み出た男、それに取り巻きが三人。取り巻きはおそらく護衛だろう。


「あんたら、往来の真ん中で恥ずかしくないのか? 男五人で、一人の少年を囲んでさ」


突然割って入ってきた声に煩わしさを覚えつつ、ネメセス商会の一行が振り返る。だが、そこに立っていたグレンの巨躯を目にした瞬間、全員が一拍、言葉を失った。それでも自分たちの数に気を大きくしたのか、秘書風の男が強気に言い返す。


「関係ないやつは黙って……」


秘書風の男が言い終えるより早く、護衛の一人が宙に跳ね上げられた。


他の護衛二人が、慌てて剣に手をかけるが、剣を抜くよりも速く、グレンの拳がもう一人の護衛を吹き飛ばした。かろうじて剣を抜き放った三人目の護衛も、刀身を振るう間もなく、手首をがっちり掴まれる。次の瞬間、関節を極められたまま、豪快に投げ飛ばされ、地面を転がった。


人だかりのあちこちから感嘆の声が漏れる。


判官贔屓の声に気を良くしたのか、グレンは迷いなく剣を抜き放ち、商人へ一閃。続けざまに返す刀で、秘書風の男の首元へ切っ先をぴたりと添えた。


「大人しく立ち去るなら、ここまでにしといてやるよ」


グレンの言葉と同時に、商人の毛皮のコートが真っ二つに裂け、下に着ていた服が情けなく露わになる。


「あなた……。こんなことをして、タダで済むと思っているんですか?」


首に剣を突きつけられた男が、震える声を搾り出す。


「タダで済むわけねぇだろ。トールセン商会のグレン様が、〝先に剣を抜かれた〟分の落とし前、きっちり回収させてもらう。手形の回収は得意でな」


言うと同時に、グレンは剣を引き収めた。ネメセス商会の一行は蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、ミラは急いで少年のもとに駆け寄って介抱する。


「大丈夫なんですか? グレンさん? あんなにはっきり名前を出して……」


「ああ、おれとルックの方針は、バルバリア商会には全方位、即時喧嘩を売るからな」


歓声に包まれていた人だかりも、やがて興奮が冷めるように散っていき、街道は少しずついつもの喧騒と落ち着きを取り戻していった。

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