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[016] トールセン再建の理由

 レミの墓にしばしの別れを告げた帰り道、グレンは「俺は今夜、女の家に泊まる」と言い残して、ルックとミラの二人と別れた。ルックは「あいつに女がいたか?」と(いぶか)しみながらも、おそらく気を使ってくれたのだろうと察した。


 トールセン商会に戻り、ルックの部屋で夕食を終えた頃、ルックが「今夜、少し話がある。俺の部屋に来てくれないか」と静かに言った。旅先では夫婦を装ったり、宿が一室しか空いていなかったりと、同室で過ごす理由があった。だが今夜は違う。何の理由もなく、ただ呼ばれたのだ。


 自室で入浴を済ませ、部屋着に着替えてルックの部屋を訪れる。


 ドアを開けた瞬間、ミラは息を呑んだ。ルックは男の姿ではなく、解呪の腕輪を外し、女性の姿で椅子に腰かけていた。


「……驚きました。人前では女性の姿を見せないと思っていました」


「バルバリア商会の連中は、俺が呪いで女に変えられたことを知らない。襲撃犯は全員討ち取ったし、すぐに腕輪を手に入れて男の姿で出歩いたからな」


「ということは、暗殺者が侵入しても、ルックさんはいないと思わせられる――そういうことですね」


「察しが良くなったな。その通りだ。ほんの一瞬でも敵が迷えば、それが反撃の隙になる」


「でも……すみません、笑っちゃいけないんでしょうけど……」


 女性の姿のルックが座っている光景は、それだけで衝撃的だった。しかも、薄い緑色の部屋着があまりにも可愛らしい。


「その服、とても似合ってますけど……誰の趣味ですか?」


必死に笑いを堪える。そんなミラを見て、ルックが気まずそうに言葉を続ける。


「グレンだ。女の姿で男物を着ていても意味がないだろって、わざわざ買ってきやがった」


「そのうち、襲われますよ」


「心配ない。剣は手元に置いてある」


 ――この人なら本当に斬りかねない。ミラは苦笑し、少し息をついた。


「それで、お話というのは?」


話題を変えると、ルックは言葉を選ぶように沈黙した。やがて小さく息を吐き、「ミラに……謝りたくて」と口を開いた。


意外な言葉だった。確かに商談の場で厳しい言葉を受けることはあるが、ミラは衣食住すべてで恵まれていた。農村では想像できないような生活だ。仕事着はもちろん、今着用している部屋着ですら、絹でしつらえられている。食事は毎日豪華で、部屋にはまるで貴族用の貴賓室のように、風呂まで用意されている。


感謝こそすれ、謝罪される理由など思い当たらない。


「レミの葬儀を終え、解呪の腕輪を手にしてから……俺はバルバリア商会を潰すために、あらゆる悪行に手を染める覚悟でラフィナ商会の名を改め、トールセン商会を名乗った」


唐突に、ルックがトールセン再建の話を始める。


「悪行に手を染めるなら、トールセンの名を隠したほうが良かったのでは?」


「そうだな。だが、トールセンの名は国や民のために尽くした名だ。悪評を流されても誰も信じはしない。それを逆手に取ったのさ」


ルックは一息置き、視線を落とした。


「……トールセンを再興し、バルバリア商会の麻薬取引を潰す途中で、お前に出会った。襲撃した商隊の中にミラがいた。あの時、平静を装っていたが――内心では動揺していたんだ」


「どうしてですか?」


「ミラが……あまりにもレミに似ていた」


その言葉で、ミラはすべてを悟った。

――レミを失った喪失を、自分で埋めようとしたのだと。


怒りは湧かなかった。


ただ、胸の奥に、静かな痛みが広がった。灯を消し、ルックの手を取り、そっとベッドに寝かせる。そして、言葉もなく、静かに、そして強く抱きしめた。


 ルックが、復讐のためにラフィナ商会を興し、トールセンの名を再び掲げた理由が、悪を装いながら正義を遂げるためだったとしても――ミラはもう驚かない。彼の苦しみを思えば、そのすべてが許せてしまう気がした。


 家族を奪われた男の、心の空洞。そこに自分が少しでも寄り添えるのなら、それでいい。


 ――ふと気が付くと、窓から朝の陽光が差し込み、二人を照らしていた。静かに寝息を立てるルックの髪をなで、この人のそばに居たいと思った。

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