[015] ルックの呪い
トールセン商会の商会長室で、血の気を失ったような表情のミラが、言葉を失い、動揺を悟られないようにと、手元の紅茶に手を伸ばし、一口含んだが、味はしなかった。
視線をわずかに横に移すと、ルックはこちらに背を向け、まだ日差しが差し込んでいる窓から外を眺めていた。逆光のせいか、いつもよりルックの背中が小さく見えた。
「ごめんな、ミラちゃん。話、重かったよね?」
一応、気遣ってくれたのか、グレンが先に声をかけてくれたが、そこで何故、疑問形で話す? 重いに決まっている話を聞かせて、重かったよね? 「はい」も「いいえ」も選択誤りだろうが。
「あの、レミさんはやっぱり……」
「ああ、レミは胸からの出血が致命傷で助からなかった」
グレンの代わりにルックが、振り返り答えた。やはり逆光を浴びていて、ルックがどのような表情をしていたのか、ミラには分からなかった。
「俺の動きを止めるほどの激痛を与えた魔法の正体は、性別を逆転させる魔法だったのさ」
ミラに近寄ったルックが、手首を掴む。そして、その手を強引にルックの秘部へと押し当てた。
……男性ならそこにあるはずのものが無かった。振り返り、グレンと目が合う。「ルックはそういうことができない」と言ったグレンは、ミラと目が合い静かにうなずく。
「……性別を変える魔法なんて聞いたことがありません」
わずかな沈黙の後、ミラは疑問を率直な言葉として吐き出した。
レミの死や、ルックが受けた魔法の話を聞き、他に言うべき言葉があるかもしれないが、あまりに動揺してしまい、言葉が見つからなかった。
沈黙の間を埋めるための言葉でつないだ。
この世界には、火や水、風や土の力を利用した魔法が存在する。魔法は、ごく限られた才能ある人間だけが扱える力だ。
その才能に恵まれなかった人間は、魔法を使うための触媒として魔導具を使用する。
魔導具は、その細工ごとに異なる効力を持ち、火や水を操る力はもちろん、その他にも光を放つ力、ケガや病気を癒す力、眠気を誘発する力等、様々な効力を発揮する。
「そして、ごく稀に特殊な魔法を習得する人間がいる。きっと、俺に魔法をかけた男もそんな人間だったんだろう。まあ、バルバリア商会は、俺を女にしたかったわけじゃなくて、体が女性に変化する間、体の自由が利かなくなるところで仕留めたかったんだろうがな」
言いながら、ルックは服の袖を大きくまくり上げると、二の腕を締め付けていた大きな腕輪を外した。
ルックの体全体が、淡い光に包まれる。
どちらかというと男性に近かったルックの容姿が、みるみる女性へと変化し、目の前には、その黒い瞳に憎悪を宿した美女が姿をあらわにする。黒い髪は長く伸び、たなびいていた。
「白銀を探し求めている理由がこれ、解呪の腕輪さ。この腕輪は、魔法による影響を軽減してくれる。だが、解呪の腕輪を作るには、大量の白銀が必要で、どのくらいの解呪効力があるかは、作ってみないと分からない代物なんだ」
綺麗な声、声帯も女性になっているんだろう。
「やっぱりルックはその姿がいいと思うんだけどな」
グレンが茶化す。この二人の間では、この姿を見て冗談を言えるほど、過去の話なんだろう。
* *
商談以外で、珍しくルックは、ミラとグレンを王都郊外へと連れ出した。閑散とした街道を抜け、現れたのは墓地だった。
一際美しい墓石には、銘が無く、だが、その墓石の周りは美しく整えられていた。
「レミの墓だ。挨拶してやってくれ」
ルックに言われるまでもなく、花を供え、祈りを捧げる。
なんて声を掛ければいいか分からない。それでも、身を挺してルックを守ってくれたこの人が居なければ、私は、奴隷として悲惨な生き方を強いられていただろう。
恩人の命の恩人。できれば顔を合わせて話してみたかった。
ルックは、墓石をじっと見つめ、グレンは、墓石の汚れを丁寧にふき取り、磨き上げている。
しばらくの間、無言で思い思いの時間を過ごした三人だったが、グレンがそろそろ帰ろうかと促し、ルックとミラが腰を上げた。
陽が落ちかかっていた。もう一度だけ振り返ると、夕日に照らされた墓石が、赤く煌めいていた。




