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[011] 故郷への帰還

 トールセン商会本店の商会長室。無駄な調度品はなく、書類が整然と並べられた棚に囲まれた応接用のソファーに、グレンとミラが腰を下ろしていた。ルックは商会長用の椅子に座り、書類に目を通しながら二人の会話に耳を傾けていた。


グレンの話の上手(うま)さに、人は見かけによらないものだと思いながらも聞き込んでしまった。


「お二人はどうやって知り合ったんですか?」


 ミラの何気ない一言がきっかけだった。この日は、急ぎの仕事もなく、久しぶりにゆったりとした時間を過ごしていた。商会長室で(あきな)いを勉強していたミラのもとに、紅茶と茶菓子の差し入れてくれたグレンと雑談になり、つい聞いてしまった。


「そういえば、バタバタしていたから俺たちの話しは全然していなかったな。ちょうどルックも居るし昔話を聞かせてやるよ。ルックは話して欲しくないくだりがあれば止めてくれよ」


「いや、特に聞かれて困ることもないし、レミのことや俺にかけられた”呪い”についても話してもらってかまわない」


 二人のやり取りを聞いただけで、ミラの頭の中から”商いの勉強”は完全に消え、二人の過去に惹き付けられてしまった。「呪い」って何? すごく気になる……。それにレミって女の子の名前よね。毎日、同じベッドで寝ておいて他に女がいるのだろうか。聞きたくないような、でも気になって仕方がない。


 それからグレンは、トールセン商会がバルバリア商会に潰されたこと、ルックの逃避行先で剣聖に鍛えられたこと、グレンが剣聖ハインセル率いる傭兵団の幹部で、ヤームシュタット公爵の後ろ盾を得て動いていることを、まるで物語でも聞かせてくれるように話してくれたのだった。ルックとグレンの異様な強さは、共に剣聖に鍛えられたものだと知り、やっと腑に落ちた。


「グレンさんって、とても話し上手なんですね。聞き惚れちゃいました」


ミラが率直に褒めると、大げさに照れて見せるグレン。その様子を見て、今まで黙っていたルックの口角がわずかに上がり、初めて口を開いた。


「グレンの夢は吟遊詩人になることだからな」


吟遊詩人になったグレンを想像して思わず吹き出してしまった。どこの世界にこんなごっつい吟遊詩人がいるだろうか。リュートが子供のおもちゃに見えるだろう。


「どっちかというと、ルックさんのほうが吟遊詩人っぽいですよ」


王都に戻った日、「そろそろ様はやめてくれないか」と言われ、ルックさんと呼ぶようになっていた。


似合わない夢を暴露された恥ずかしさと、それを自分で分かっていても、間髪入れずに似合わないと言われてしまったことで、グレンの目が若干、涙目になる。


「早く続きを聞かせてください!」


ミラに催促され、気を取り直したグレンがバルバリア商会の交易路を襲撃する下りから話を再開した。


* *


 ルック率いる野盗が、バルバリア商会の主要な交易路で次々と商隊を襲った。バルバリア商会も傭兵を雇い、野盗の襲撃に備える。野盗は三十人程と報告を受けていた。まず、三十人の傭兵を雇い迎え撃ったがまるで歯が立たない。


次に、バルバリア商会の私兵を含めて百人程で迎え撃つ。しかし、商会の私兵程度では、やはり手に負えず、百人は散り散りとなって逃げ去り、積み荷は全て奪われてしまった。


自分たちでは手に負えないと判断したバルバリア商会は、大金を積んでハインセル傭兵団から傭兵を借り受けた。だが、ハインセル傭兵団の傭兵が護衛する隊は、襲撃されることなく何事もなく交易を終える。


ハインセル傭兵団に支払う護衛費だけがかさんだ。



 ルックはキルクークの村に戻っていた。ハインセル傭兵団から、バルバリア商会の護衛を引き受けると知らせが届いた。ハインセル直筆の手紙には、しばらく稼ぎたいから、襲撃を中止してのんびりしておいてくれと書かれていた。


ルックは、野盗を解散し、皆には商会業務に戻ってもらった。その場所が、キルクークの村の近くだったから、一人、村に立ち寄ることにした。


村長や師である剣聖コルネウスに挨拶を済ませ、コルネウスとは何度か立ち会った後、家に戻る。扉を開けると、金色に輝く長い髪と青い瞳の女性がルックを迎えた。


女性は気付くとルックに駆け寄り、抱きしめた。


「ただいま、レミ(ねえ)……」


たった一人で逃げてきた十歳の少年が、可哀そうだと思い、最初は煙たがられもしたが、世話を焼き続けた。ルックより二歳年上の少女は、次第に二人で時間を共にすることが増え、ルックからレミ姉と呼ばれるようになった。


レミも両親を早くに亡くした孤児だった。


村長の家で育てられていたが、ルックが十五歳の時に、村に家を与えられ二人で暮らすようになった。婚姻に年齢制限のないこの世界では、十五歳の少年と十七歳の少女が夫婦になることは珍しくなく、村長や村人も二人がそうなればいいと考えていた。


だが、二人は何時(いつ)までも姉弟(きょうだい)だった。仲が良く、寝床も共にしていたが、夫婦のような営みはなく、そのままルックは商会を立ち上げるために旅に出た。


帰ってきたルックの姿を見てレミは驚いた。見た目はほとんど変わっていない。しかし、優しさに溢れていた目の奥には他人を支配するような、威圧的な光が宿っていた。


レミはもう一度、ルックを抱きしめる。


「ルックも大人になったんだね。大変な思いをしてきたんだね」


ルックの目に涙が溢れた。抱きしめられた腕を掴み、レミの体をそっと寝かせる。


「外に出て、毎日レミに会いたいと思った。村を出て、王都に来て欲しい」


しばらくルックの目を見つめていたレミが、小さく息を吐いて言った。


「いいよ……、ルック……」


この日、二人は夫婦となる誓いを立てた。


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