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第四話 調和の響き

 リィナが旧英雄派の男たちを食い止めている間に、ゴリンとライラは、互いの瞳に宿る決意を確かめ合うと、それぞれの役割を果たすために、二手に分かれた。


 ゴリンの身体に入ったライラは、その頑丈な肉体を駆使して、森の奥深くにある水晶の鉱脈へと走った。

 エルフの身では決して踏破できなかったであろう険しい岩壁を、ドワーフの強靭な脚力で駆け上がり、硬い岩盤を、その有り余る腕力で掘り進む。

 彼女は、自らが感じ取った、森で最も清浄な力を持つ水晶の原石を手に入れると、夜を徹して野営地へと持ち帰った。


 一方、ライラの身体に残ったゴリンは、野営地で待っていた。

 彼は、ライラが持ち帰った水晶の原石を受け取ると、すぐにその加工を始めた。

 ドワーフの無骨な手ではない、エルフのしなやかで繊細な指先。

 彼は、その指先を自らの知識と経験で操り、一晩かけて、水晶の原石を一本の、完璧な音叉へと削り出した。


 夜が明け、二人は橋のたもとで再び合流した。

 互いの顔には深い疲労の色が浮かんでいたが、その瞳には、確かなの覚悟が宿っている。

 ライラの魂が宿るゴリンの手には、朝日に照らされて清らかな光を放つ、水晶の音叉が握られていた。

「ゴリン!」

 ライラの身体に入ったゴリンが叫んだ。

「あなたの身体なら、森の声が聞こえる!呪詛の不協和音の中心を、正確に感じ取って!」

「ライラ!」

 ライラの身体に入ったゴリンも叫んだ。

「お前の身体なら、この音叉を完璧な響きで鳴らすことができる!俺が、タイミングを教える!それに合わせて、音叉を叩け!」

 二人の心は、完全に一つになっていた。

 彼らは、呪いの元凶である橋の礎石の前に立った。

 ゴリンは、ライラの身体を通して、礎石が放つ禍々しい共鳴の「音」を魂で感じ取り、それを打ち消すための完璧なタイミングを瞬時に計算した。

 ライラは、ゴリンの身体を通して、その計算結果を物理的な「一撃」へと変換する準備を整えた。

「今だ!」

 ライラの魂が宿ったゴリンの腕が、しなった。

 それは、もはやただの殴打ではない。

 森の精気と、ドワーフの力が融合した、完璧な一撃だった。

 彼の手の中の小さな槌が、寸分の狂いもなく、水晶の音叉を叩いた。


 キィィィィン……!


 これまで誰も聞いたことがないほど、清らかで、美しい音が、森全体を震わせた。

 水晶の音叉が奏でる清浄な響きは、礎石に刻まれた呪詛の不協和音と共鳴し、そして、完全に相殺した。

 呪いの源である礎石の内部で、何かが砕け散る、微かな音が響いた。

 呪詛の力が消え失せ、森を覆っていた静かな毒は、朝靄が晴れるように、ゆっくりと消えていく。

 そして、その呪いが解けた瞬間、ゴリンとライラの意識は、再び、真っ白な光に包まれた。


 ◇


 二人が目を覚ました時、彼らは、自らの、慣れ親しんだ身体に戻っていた。

 旧英雄派の残党は、リィナによって拘束され、駆けつけた王都の兵士たちに引き渡された。

 人々を蝕んでいた奇病も、嘘のように消え去り、森や川には、再び、力強い生命の歌が戻ってきていた。

 その変化は、ゆっくりと、しかし確かな奇跡として、全ての者の目に映った。

 最初に反応したのは、ご神木だった。

 色褪せていた葉が、まるで深呼吸をするかのように、その一枚一枚に瑞々しい緑色を取り戻していく。

 そして、固く閉ざされていた新芽が、祝福するように、一斉にほころび始めたのだ。

 その生命の息吹に呼応するかのように、淀んでいた川の水は輝きを取り戻し、瀬の音が心地よい音楽となって蘇る。

 水面を跳ねる魚の鱗が、太陽の光を浴びてきらきらと輝いた。

 その奇跡は、人々にも伝播した。

 力なく座り込んでいたエルフの若者が、すっくと立ち上がり、空に向かって大きく伸びをする。

 野営地で槌を握る気力さえ失っていたドワーフが、炉に火を入れ、仲間たちと冗談を言い合いながら、再び槌音を響かせ始めた。

 失われていた気力が、喜びが、そして未来への希望が、彼らの魂に、確かな温もりとして戻ってきたのだ。

 森全体が、死の淵から蘇り、再び力強い生命の歌を歌い始めていた。


 数週間後、ついに、『夜明けの橋』は完成した。

 その偉容は、大陸の誰もが見たことのない、奇跡の光景だった。

 ドワーフの揺るぎない工学技術によって寸分の狂いもなく積み上げられた石の橋脚は、大河の激しい流れにもびくともしない力強さで大地に根を張り、その上を、エルフの知恵によって森の木々と調和するようにデザインされた、緩やかで美しいアーチが結んでいた。

 欄干には月光樹が使われ、夜には淡い光を放ち、道行く者の足元を照らす。

 それは、ただの橋ではなかった。

 石の論理と、木の心が、一つの完璧な形で融合した、新しい時代の象徴そのものだった。


 橋の上で、ゴリンとライラは、二人、並んで、森の向こうに広がる平原を眺めていた。「…悪くない眺めだな」

「ええ。悪くないわね」

 二人の間に、多くの言葉は必要なかった。

 互いの身体で過ごした一日は、何百年分の対話よりも、深く、そして確かに、互いの魂を理解させてくれたからだ。


 彼らの友情と、多くの犠牲の上に完成した『夜明けの道』。

 それは、大陸に、新しい時代の本当の夜明けが、すぐそこまで来ていることを、静かに告げていた。

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