オレの! 身体がっ!! 柑橘を欲しているっ!!!
以下のセリフに相応しい状況を考え、短い物語を作成してみましょう。
「オレの! 身体がっ!! 柑橘を欲しているっ!!!」
木村慎一は中二病である。周囲が若干引くほどのその病を、彼は自身の個性と言ってはばからない。うらやましい強メンタル。クラス替えで隣の席になった、それだけの縁だったはずだが、城島健大は気が付けばいつも木村と一緒にいる。
「今日も国家の洗脳教育から自由意思を守ることに成功した」
終業を告げるチャイムが鳴り、木村が達成感を噛み締めている。つまりは授業を聞かずに寝ていたということなのだが、その事実を自己肯定に変換する能力は驚嘆すべきものがある。
「テストのときに苦労するだけだろうけどな」
城島は冷静に突っ込みを入れる。しかし木村はそんな言葉で動揺するほど容易い相手ではない。
「ふっ。テストなど所詮、資本主義社会の奴隷を作り上げるための茶番に過ぎん。むしろその腐敗した制度そのものに抗うことこそが、自分の人生を取り戻す第一歩だと、そうは思わないか?」
どやっ、言わんばかりの表情で木村は問い掛ける。城島は否定も肯定もしない。
「つい最近、泣きながら補講を受けていたやつがいた気がするな」
「人間は常に、未来に向かって歩いていく存在だ」
城島から目を逸らし、木村は席を立つ。開け放たれた窓から、少し湿った風が吹き込んでカーテンを揺らせた。運動部員が校庭に集まっていく様子が見える。空は青く澄んでいた。
「しかし暑い。やはり温暖化は悪の秘密結社の陰謀で間違いないな」
シャツの首元をつまみ、木村は不快そうに空をにらむ。世の中の不都合はだいたいにして秘密結社の陰謀だ。夏の暑さも冬の寒さも秘密結社の仕業だとしたら、世界にそこまでの影響を与える力を持っている時点ですでに秘密結社に抗う術はなさそうだが。
「秘密結社の奴らも暑いんじゃね?」
この夏の暑さは秘密結社に所属している者にとっても辛かろうに、と城島は思う。いわば自爆だ。離職者が出ないか心配になる。もっとも、存在しない組織の離職率を心配してもしょうがないだろうが。
「たぶん、南国出身なんだろう。暑さには強いんだ、あいつらは」
したり顔で答える木村に小さく笑って、城島は立ち上がる。うるさいくらいにセミが鳴いている。セミもこの暑さに抗議しているのだろうか。それとも、精一杯に生きているのだろうか。
「どこかで涼もう。この暑さは命に関わる」
言うなり、木村は歩き始める。自分のカバンを手に取り、城島は彼に続いた。教室を出て、階段を降り、昇降口を抜けて外へ出る。日差しが容赦なく照り付け、肌をじりじりと焼く。
「ぐっ、おぉぉーーーっ!!」
突然、木村が背を丸めて呻き始めた。日差しにダメージを受けて呻くということは、今日はどんな悪魔に憑りつかれたのだろう。自分が知っている悪魔だといいが、と城島は身構える。メソポタミア神話の悪魔の名前を出されても反応できる自信はない。
「オレの! 身体がっ!! 柑橘を欲しているっ!!!」
予想外のセリフに城島の身体が硬直する。柑橘好きな悪魔に心当たりはない。そもそもそんな設定の悪魔などいるのだろうか? あるいはオリジナル? 対応に迷う城島を無視して、木村は邪悪な笑みを浮かべた。
「ふふふふ。待っていろ自販機。貴様の身体からポンジュースを搾り取ってくれるわ!」
ああ、と城島は納得した。これは、オレンジジュースが飲みたくなっただけだ。たぶん悪魔とかは関係がない。若干の安堵と共に城島はリアクションを返す。
「ポンジュースが売ってる自販機って見たことないけどな」
標的を見定めた獣のごとく、木村は走り始める。もっともこの暑さで、帰宅部の木村が走れる距離など百メートルがせいぜいだろう。すでに息を切らせ始めている木村の背を見ながら、城島はゆっくりと彼を追いかけていった。