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政略結婚相手の幼女に「あなたを愛することはございません!」と叫ばれましたが巻き返しは可能でしょうか

作者: 鈴白

伝統と格式ある超大国、ソルディシア帝国。

発展著しい新興国家、ルデリナ王国。

二国の友好のため、ソルディシアの第六皇女がルデリナの王太子に輿入れしたその日。


「あたくしが貴方を愛することはございません!」

皇女マグダレナは険しい顔でそう叫ぶと、ぱたりと崩れ落ちた。ルデリナ王国の王太子ハロルドは、慌てて少女を抱き起こす。

政略結婚の顔合わせとしては、あまり穏やかでない幕開けだった。


「ソルディシアの皇女を何と心得るのです!女医などに診せるわけにはいきません!」

マグダレナの侍女がぎゃあぎゃあ騒ぎ立てている。困惑している女医を見て、ハロルドは仲裁に入ることにした。

「こちらの女医は王妃や姫達も診療している者だ。知識も技術も男の医師と比べて遜色ない。診察にあたっては男の医師が触れるよりも女医の方がよいと私が判断したのだが、男の医師をご所望なら今からでも呼び出そう」

「皇女様に男が触れるなど不敬です!」

「…そう思うならこちらの女医に診せていただきたい」

「話になりません。祈祷師はどこです?」

ハロルドは盛大なため息を吐きそうになったが、どうにか思いとどまった。異文化理解は国際親善の第一歩である。

「マグダレナ皇女は、ルデリナ王国で責任を持ってお預かりする大切な方。我が国きっての医師が診るということで、ご納得いただきたい」

毅然とした王太子の言葉に、侍女は不満顔ながらもとりあえず引き下がった。


長旅の疲れと貧血、空腹、そして重たい衣服による過剰な締め付け。

それが女医の下した診断だった。

「まだ小さなお嬢さんをコルセットでぎちぎちに締め上げて、重たいドレスに大きな宝石をじゃらじゃら付けて…不健康にも程があります!これでは健康なお嬢さんでも倒れますよ」

女医の憤慨混じりの報告に、ハロルドは今度こそ盛大なため息をついた。

「…色々、聞いていた話と違うようだな」

ハロルドは今年で20歳。帝国から輿入れ予定の皇女はハロルドと釣り合う18歳と聞いていたが、紺色の長い髪に蜂蜜色の瞳の可愛らしい皇女の身長は、ハロルドの鳩尾あたりまでしかない。マグダレナの年齢は、まだ10にも満たないだろう、

「ソルディシア帝国に抗議を申し入れますか」

従者ルディーニの言葉に対し、ハロルドは首を横に振った。

「和平にこちらから水を差すことはない」

「お言葉ですが、水を差してきたのはあちらかと」

「輿入れ予定の皇女が病気だとか何だとか、適当な言い訳を並べるだけだろうさ。そして我が国は帝国でさらに嫌われることだろう」

マグダレナや侍女にとって、ルデリナ王国は蛮族扱いなのだとハロルドは理解していた。

「まあいい。郷に入っては郷に従ってもらうさ」


ハロルドはまず、マグダレナにドレスを贈った。コルセットで締め付けるものではなく、リボンでウエストを軽く絞るだけの、ルデリナで流行の貴族用の子供服だ。

伝統と格式のある重たい生地に大きな宝石を縫い付けた帝国のドレスと異なり、ルデリナ産のドレスは生地が軽く柔らかい。大ぶりな宝石ではなくビーズ刺繍が施されており、光を映して控えめにキラキラ輝く。色もピンクや水色で大変可愛らしい。

「王太子殿下からの贈り物でございます」

「まあ」

ふわふわでキラキラの可愛いドレス。マグダレナの喉がごくりと鳴った。

「や、野蛮な国の王太子としては、悪くないじゃない…」

マグダレナはそう呟いて、プレゼントを受け取った。


ハロルドは次に、マグダレナをお茶会に誘うことにした。マグダレナの食事は現在、彼女の侍女達が調理している。皇女様は野蛮な国の味などお気に召さないだろうというのが彼女達の言い分だった。

「貴女方の皇女殿下への忠誠心は理解した。だが私も、妻になる人と食卓を共にしたい。茶会なら食事や菓子が口に合わずとも果物もあるし、悪くないだろう」

そう取りなされて渋々、庭園のガゼボにやってきたマグダレナ一行だが。

「まあ」

ガゼボのテーブルには、ふわふわのクリームがたっぷり乗ったケーキやカラフルなマカロン、冷たい水で洗われてきらめく葡萄やオレンジ。ぱりっと焼き上がったパンにはハムや鶏肉が挟んである。

マグダレナは勧められるがままにマカロンをひとつ口に放り込む。甘くて軽いお菓子は口の中でほろほろと崩れた。続いてケーキもひと口。こちらもふわふわで柔らかく、何個でも食べられそうだ。

「まあまあ!」

帝国のお菓子はどっしりとした焼き菓子に洋酒をしっかり染み込ませたもので、マグダレナには大人の味すぎた。それにお茶会はコルセットをぎちぎちに締めたドレスで参加していたから、いつもちょっぴりしか食べられなかった。

「よろしければこちらもいかがです?皇女殿下」

ハロルドが差し出した鶏肉のローストを挟んだパンを、マグダレナは受け取り頬張った。まだ温かいパンの外側はぱりっと香ばしく中はふかふか。鶏肉はハーブの風味が効いて肉汁たっぷり。

侍女達が用意する目が詰まっていて酸味の強いパンと、焼きすぎに近い肉とは大違いだ。

「ルデリナ王国ではいつもこんなものを?」

「国としてはまだ行き届かぬところもありますが、この鶏肉のローストは私の好物なので、よく出してもらっています」

「野蛮な国のわりに、なかなかやるじゃない…」

マグダレナはそう呟くと、お腹いっぱいになるまで食べた。

コルセットのないドレスだと、たくさん食べてもあまり苦しくないんだなと思いながら。


マグダレナはハロルドから贈られた服ばかりを着て、ハロルドと食卓を共にするようになった。帝国から持ってきたドレスは、クローゼットの奥に押し込まれているらしい。格式がどうのと煩かった侍女達も、お仕着せを動きやすいルデリナ王国のものに変え、お茶会のお菓子のお裾分けを食べるうちに、段々と何も言わなくなった。


食事を共にするうちに、マグダレナは自身のことを少しずつハロルドに打ち明けだした。

マグダレナは、皇城で行儀見習いをしていた子爵令嬢に皇帝が手をつけて産まれた姫であること。

第三側妃となった母は、マグダレナが5歳のときに亡くなったこと。

それからは母と懇意だった侍女達を親代わりとして育ってきたこと。

母親のいる他の皇女に負けまいと、気を張って生きてきたこと。

それなのに正妃の娘である第五皇女がルデリナ王国への輿入れを嫌がったため、マグダレナが身代わりになったこと……


「ルデリナ王国は野蛮な国だと…帝国とは不釣り合いなのに金と戦力でのし上がった国だと皆が言っていたので、あたくしも酷いことをいっぱい言ってしまって…」

涙ぐむマグダレナの肩に、ハロルドが優しく触れる。

「実際に嫁いでみて、今はどうですか?」

「ドレスは着心地がいいし、お菓子もご飯も美味しいし、いいところだなと思っておりますわ」

「なるほど」

「…それに、殿下もお優しいですし…」

もじもじと照れる様子が可愛くて、ハロルドは思わず意地悪をしたくなった。

「『愛することはない』のでは?」

「今はそんなことありませんわっ!こ、今夜にでも訪いがあれば、全力でお迎えを!」

「皇女殿下?!」

真っ赤な顔でムキになるマグダレナに、焦る侍女達。

「冗談です」

「か、からかったんですの?!」

今度はぷんすこ怒り出した。照れたり怒ったり忙しい姫である。ハロルドは湧き上がる笑いを噛み殺した。

「すみません。ですが、貴女はまだ幼い」

「あたくしが子供だっておっしゃるの?!」

「僕から見れば8歳は子供です」

「来月には9歳になりますわ!」

「焦る必要はない、ということですよ。皇女殿下」

ハロルドはそう言うと、マグダレナの傍に跪き、手を取った。

「まずは名前で呼び合うところからはじめませんか?僕のことはハルとお呼びください。僕は殿下を何とお呼びしましょう?」

「…レーナと呼んでいただけますか?」

「では、レーナ。幾久しく仲良くいたしましょう」

マグダレナの小さな顔が、ぽんっと真っ赤に茹だった。

「あらあらまあまあ」

侍女達が小さく呟いて、こちらもほんのりと頬を染めた。


それから10年。

ルデリナ王国には即位したばかりのソルディシアの新皇帝が訪れていた。マグダレナの異母兄ロドルフォは、不遜な様子を隠そうともしない。

「マグダレナは」

「所用で出かけております。明日の晩餐会には勿論、出席いたしますので」

「皇帝たる兄の出迎えより優先されるべき所用があるとは、王太子殿は随分と我が妹に甘いと見える。あるいは、この国の女性はそんなものなのかな」

「お言葉ですが、先触れでは明日とのことでしたので…」

ちくりと嫌味を混ぜてやると、ロドルフォは不愉快そうに顔を歪めた。ソルディシア帝国が諸外国の宗主のように振る舞っていた時代は100年も前に終わっているのに、尊大な態度はいただけないなとハロルドは思う。

「それで。あれはどんな所用で出かけている」

「今日は卒業論文の口頭諮問なのです」

「卒業論文?15を過ぎても一向に懐妊の知らせすらないと思っていたら、学校なんぞに通わせているのか。嘆かわしい」

「ルデリナの貴族は、男女ともに18まではほぼ全員が学校に通いますので」

「そうして子を産めるはずの時間を無駄にするのか。まったく野蛮な新興国の考えはよくわからん。マグダレナも哀れなものだ」

「哀れ、ですか」

ハロルドはそう言うと、真鍮の指輪を目の前の卓に置いた。

「哀れというなら、この指輪を持たされた侍女こそ哀れでしょうね」

かちゃりと軽い音を立て台座がずれ、黒い粉末がこぼれる。ロドルフォの顔がわかりやすく歪んだ。

「ソテイアザミの種なのは解析済みです。無味無臭に近く、粉末にして飲めば舌や手足の痺れを引き起こし、そのくせ翌日には何の証拠も残らない。毒としては弱いものですが、立場のある者が人前に立つ直前に服用させられれば、悪評は避けられないでしょうね」

例えばハロルドのような人間が、人前で演説をするときや要人を出迎えるときに、この薬を飲まされ、失態を晒すようなことがあれば。しかも、それが何度も起きるようであれば。

国内、あるいは国際社会での彼の評判は低下するだろう。繊細な人間であれば、心を病むかもしれない。そこに付け入ろうとしてくる手合いも確実にいるだろう。


生憎、そんなものに引っかかるほどハロルドは甘くない。

「8歳の皇女が政略で嫁いで10年。結婚記念日の祝いひとつ、誕生祝いひとつ寄越さない家族がいきなり寄越した侍女など、詳しく調べるに決まっているでしょう」

「貴殿は帝国が皇女に寄越した使いに、不敬を働いたのか」

「夫が妻の侍女を調べて、何か問題でも?ソルディシアから来られた皆様方も同じ考えでしたよ」

「…侍女ふぜいがっ…!!」

歯噛みするロドルフォを、ハロルドは醒めた目で見つめていた。


マグダレナは母である第三側妃亡き後、侍女達に育てられた。侍女達が不遇のマグダレナに親身になったのは、ひとえに第三側妃と彼女らが育んだ親愛の情の賜物であり、愛国心ではない。

マグダレナの幸せを思えば、10年もろくに連絡をせず、思い出したように毒を仕込んだ指輪を持った侍女を遣わして、せっかく育んだハロルドとの仲を拗れさせる異母兄など論外──というのが、マグダレナの侍女達の総意であった。

ソルディシアから新たに来た侍女は、マグダレナに目通りする前に、彼女の侍女達によって隅々まで調べられ、ハロルドの元へと突き出された。件の侍女は今、北の孤島の修道院に身柄を移されている。


「もうよい。急用を思い出したので今日のうちに発つ」

「そうですか。義兄上におかれましては、我が妻マグダレナの卒業を祝うお気持ちからのルデリナ滞在かと思っておりましたので、甚だ残念です」

ロドルフォはハロルドを睨みつけると、椅子を蹴り飛ばして応接室を出て行った。


「皇帝陛下もせわしないことで」

従者ルディーニの言葉にハロルドは苦笑を浮かべる。

「…義兄上も帝位に就かれて間もない。不慣れなことも多いのだろう」

ロドルフォの傍若無人な性格は、国際社会でも評判がよくない。他国を属国のように扱う、女性や異民族の外交官に不躾な態度をとる、予定を自分の都合で中止させる等の悪評は、ハロルドの元にも届いている。

「来年に控えるハロルド殿下の国王即位前に、恩でも売りにくるのかと思っておりましたが、まさかその逆とは」

「まったくだ。祝いの言葉のひとつくらいあっても罰は当たらないだろうに」

つくづく残念な御仁である、とハロルドが溢しつつ応接室を出ると、そこにはマグダレナがいた。


「ハル様」

「おかえり、レーナ。口頭諮問はどうだった?」

「教授にもお褒めいただきましたわ!それにあたくし、卒業生代表のスピーチも拝命いたしましたの!」

マグダレナが誇らしげに胸を張る。ルデリナ王国に来て10年。痩せぎすの身体にコルセットで締め付けた重いドレスを纏い、皇女の誇りで怯えを抑えつけていた少女はすっかり伸びやかに成長した。夜空を思わせる艶やかな紺色の髪、好奇心に煌めく蜂蜜色の瞳。ばら色の頬にすらりと伸びた手足の健康的な美人は、ルデリナの若い貴族達の憧れの的でもある。


マグダレナの伸びやかさ、健康的な美しさ、聡明さ。

帝国は随分育てがいのある宝を寄越し、ほうっておいてくれたものだと、ハロルドは感謝している。


「これで晴れて、ハル様と胸を張って並び立てますわ」

「何を言ってるんだい、レーナはずっと前から僕の自慢の妻だよ」

「まあ」

マグダレナの頬がぽっと赤くなる。こういう素直なところは昔から変わらないなとハロルドは思う。

学園を卒業したら、本当の意味での夫婦になる──それがふたりの交わした約束だった。

その日はもう数日後に迫ってきている。


「待ち遠しいですわ。あたくし、本当に心待ちにしていましたの」

14歳の誕生日に「お母様があたくしを産んだ歳になりましたわ!」と薄衣を纏って突撃してきたマグダレナをハロルドが追い返して大泣きされ、卒業まで待とうと約束してから4年。

その後も散々、ハロルドの理性を試すようなことを重ねてきたマグダレナである。無論、その傍らで勉強に美容にと自己研鑽に余念がないのがマグダレナの美点ではあるが。

「レーナがあんまり素敵な淑女になるものだから、僕としては誰かに攫われないか戦々恐々としていたくらいだ」

ハロルドがマグダレナの髪にキスを落とす。マグダレナはふふんと笑って胸を張ると、叫ぶような口調で告げた。

「あたくしに愛されたらどうなってしまうか、思い知らせて差し上げますわ!」


数日後、卒業式の翌朝のこと。

「…あたくしが思い知らせて差し上げるはずでしたのにぃっ…!!」

趣向を凝らして飾り立てた夫婦の寝室のベッドの上で、真っ赤な顔でシーツに包まって呟く新妻の姿があったとか。

幸せ者の夫は必死で妻の機嫌を取りながら、にやける顔を取り繕っていた…というのはまた別のお話である。

「おにロリは成長を待ってこそ。その点ハロルド殿下は合格ですわ」と後にマグダレナの侍女は語っていたという。


お読みいただきありがとうございました。

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