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9 火星

2004年に書いた小説を一部リライトし、20年ぶりに引っ張り出して、ホコリを払い、掲載し直してみました。内田百閒文体を試したくて書いてみた短編習作です。

 月に居を構えようと妄想をめぐらしているうち、今からどんどんと人々が押し寄せるだろう月には、うるさくて住めたものではなくなるだろうと思い始めた。


 だから私は火星に居を構えようと思う。

 私一人が暮らしていく分には、空気だってそれなりにあるだろう。地上に空気がなければ、穴を掘ればいい。おそらく穴掘りはおそろしく快適に進むことだろう。赤い土を掘っていくうちに、水に突き当たるかもしれない。そうしたら益々火星は住みやすいところになる。まず私のすべきことは、火星の水でコーヒーを沸かしてみることである。うまいかどうかはまだわからないが、それついては楽観している。眺めは非常に良いことと思う。


 心配なのは、散歩ができるかどうかということだ。散歩というのは決まったコースがなければならないが、火星の地表は刻一刻とその姿を変えるということである。まあしかしその点は譲歩しなければならない。毎日見慣れない道を歩くことになったとしても、そのことを散歩と言わなければならないだろう。名付けてしまえば後はなんということもない。兎が生息しているのは月だけれども、月に兎がいるんだから火星にも兎がいないとは限らない。もしいたら、数兎つかまえて飼うことにする。私はそれを兎牧場と呼び習わし、散歩コースの一つに加えることにする。増えたらもちろん喰う。シチューにしたらきっとうまいにちがいない。野菜も育てなければいけないから、ことによると毎日忙しくて散歩をする暇もないかもしれない。それでも落ち着くまでは仕方がないと覚悟はしている。


 火星の夜は長いに決まっている。もし長ければ、夜にはたっぷりと酒を飲む。『大きな人形』の入ったレコードをかけても良い。その曲を聴くたびに私は涙してしまうから、火星でも涙してしまうだろう。なるべく避けたいけれども、涙が重力に逆らって宙にぽやぽやと浮かんでしまうかもしれない。そうしたら私は益々泣いてしまうだろう。


 やがてやることがなくなって暇につぶされそうになったら、私は博物館を作るつもりだ。火星にただ一つの博物館には、入り口に大きな振り子時計が吊るされている。そして火星での時を刻む。そうするうち私はだんだん地球時間と切り離されていくだろう。年を早く取ったり、遅く取ったりするようになるだろう。それは楽しみでもあるが、怖くもある。怖いから、とうとう博物館を作ることもなく私は暮らしていくのかもしれない。


 けれど、やっぱりそれでは寂しい気もするから、どうするのか、私はまだ決め兼ねている。

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