3 戦争ごっこの思い出
2004年に書いた小説を一部リライトし、20年ぶりに引っ張り出して、ホコリを払い、掲載し直してみました。内田百閒文体を試したくて書いてみた短編習作です。
戦争ごっこをしたことがある。その頃には子供たちは戦争ごっこというものをあまりやらなくなっていたから、めずらしい遊びをしたものだと思って、今でもよく覚えている。
私たちは穴を掘ってそこを塹壕にし、二陣に分かれて空気銃を相手に発砲した。塹壕はそんなに深いものではなく、身を隠そうにもあまり役に立った代物ではなかった。相手の体は丸見えだったが、つまりこちらの体も丸見えであった。だから空気銃の弾がぴしりぴしりと当たって、痛くて痛くて仕方がなかった。本当は弾に当たったものは死んだということにしなくてはいけないのだが、それではあっという間に両陣営ともいなくなってしまうので、弾が当たっても兵士はなかなか死なないのであった。
そのうちに私たちの陣営は奇襲をかけられた。前方にばかり夢中になっているうちに、背後から空気銃を撃たれたのである。尻に弾が当たったのだが、それがやたらに痛くて痛くて、飛び上がったことを覚えている。
お前は死んだ!
お前も死んだ!
こうなってはお前達に勝ち目はないから、さっさと降参しろと向こうが言った。もちろん私たちは拒否した。そんなつまらないことは嫌だ。すると、向こうはどこから持ってきたのか、水の入った風船を投げつけてきた。風船は地面に叩きつけられて勢いよく割れ、泥と水で私たちの服はあっという間にひどい変色ぶりを示した。
ひどいぞ、と私たちの陣営の一人が叫んだ。うるさい、お前は死んだんだ。黙っていろ。
空気銃というのは、一度弾を撃ってからもう一度撃つまでに、やや面倒な作業を必要とする。私たちは休戦を申し出て、ひそかに作戦を立てた。作戦と言っても、空気銃に弾をいっぱいに込め、相手の塹壕に突っ込んでいくという幼稚なものであった。
果たして私たちの突撃作戦はあまり効果を見せなかった。
威勢よく一発目を総発したはいいものの二発目に手間取り、その間に水の入った風船を投げつけられて泥が目に入ったり、空気銃を何発も撃たれて戦意を喪失する兵士が出たり、寝返る者まで出て、私たちの陣営は一人二人と減り、ついには降参を余儀なくされた。
その後に戦争ごっこをした憶えがないから、たった一度きりしただけなのだろう。この遊びをこれきりやらなくなってしまったのは、勝った方負けた方、双方共に何かしら嫌な後味が残ったためではないかと思う。あるいは敗戦に終わったから、私がしつこく憶えているだけなのかも知れない。