1 博物館の崩壊
2004年に書いた小説を一部リライトし、20年ぶりに引っ張り出して、ホコリを払い、掲載し直してみました。内田百閒文体を試したくて書いてみた短編習作です。
まったく一晩のうちに、博物館が廃墟になってしまった。廃墟というよりは、粉々になってしまったのである。どこかの誰かが、博物館を丸ごと吹き飛ばしてしまったらしい。
夜更けに何やら異様な音が大きく響いたということだが、それも一度だけで、博物館のことと何か関係があるのかないのか、わからないという。私はそんな音を聞いたような気もするし、聞かなかった気もする。何しろぐっすり寝ていたのだ。寝ている最中の私は、容易には目を覚まさない。その代わりに目を覚ますのは一瞬で、起きたらすぐに活動できる。それが私の自慢であるが、それはとにかく、目が覚めたときには表が大変な騒ぎになっていて、それで私も見物に出かけた次第なのだ。
博物館があったところには、真っ黒になった残がいが残っているだけですでに建物の体はなしておらず、土台がむきだしになっていた。まだ煙があたりに立ち込めている。中にあった展示品はほとんど塵芥に帰しているらしく、ガラスやら機械の部品やら、そういうものが散らばって落ちていたが、なかでも圧巻なのは真っ白な恐竜の骨組みが無造作に地面に投げ出されていたことであった。戦利品を得ようと、骨のまわりに子供が群がっている。気付けばそこいらは子供たちだらけである。
私のお気に入りだった、巨大な振り子時計が、その巨体をぐんにゃりとまげて地面に横たわっていた。その姿は浜に打ち上げられた鯨の屍体のようで、そのうちに死臭がしてくるのではないかと思われた。私はどういうわけかその振り子時計が非常に好きだったから、その最期の姿を見られたというのは、何だか不思議な心持ちがしたことであった。
よおく見ると、動物の手足もあちこちに転がっている。どうやら展示されていた剥製の一部であるらしい。片耳の曲がった犬の頭部を見つけたときは、少し肝をつぶした。どこからやってきたものか、野良犬がそういうものをフンフンとかぎまわっている。恐竜の骨までくわえている。さぞかしご馳走であることだろう。
警察はもう動いていて、早々に「立入禁止」と書かれたロープを張りめぐらしていたのであるが、子供らはそんなことはお構いなしで、恐竜の骨を拾うのに必死だ。しかしあまりにも子供たちの数が多くて、この町に子供たちというのはこんなにいたか知らと考えてしまう。まるでここら一帯が肌色の蛇が大挙してうねるうねる枯れ川のように見えた。その枯れ川の中に、警官たちが蛇どもに流されないようにと、どうにかふんばっている。警官は困惑しているようだったが、私も負けずに困惑していた。でもじきに腹が減ったので、帰ろうかと思う。
帰りがてらに広場を通ると、もう日は高くなっていて、老人達がゲートボールに興じていた。まったく呑気なものだと思ったが、私だって人のことは言えない。他の人だって人のことは言えたものではないと思い、では何をすればよいのかと考えたが、特にすることはないようだった。
ずいぶん離れてから博物館のあったほうを見てみると、驚いたことに黒い煙がもうもうと噴き上がっている。さて、博物館にあんなふうに燃えるものなんてあったか知ら、と考えてみたが、大方ガソリンか何かが引火でもしたのだろう。大勢の子供たちの安否が気遣われるところであるが、朝から何も食べておらず空腹だったので、さしあたりは大丈夫だと思うことにした。