なんでそうなった
テンプレのつもり。
突然だけど、わたくし――エルメリア・アサント・アクトリファは魔王に誘拐された。
「わたくしの美しさからすれば当然よね。さすがわたくし」
と檻の中で高笑いをしていると、
「喜んでいる場合ですか」
と呆れたように告げる声。
思わず機嫌が悪くなったのは当然だろう。
物語の鉄板では麗しい美女の姫(当然わたくしのことですけど)がひ・と・り・で!! 魔王に攫われてそれを勇敢な騎士とか勇者が助けに来るのよ。
で、助けられた姫とその助けた騎士とか勇者との間に恋が芽生えてハッピーエンド!!
「その物語におまけで誘拐される人物なんていないのよ!!」
「誘拐した魔王の部下は流血が好まない方でよかったですね。護衛も侍女も普通にいる姫が一人で攫われているという状況ならおそらく人死にが出ているか、よほど護衛をいらないと振りほどいて脱走する問題のある姫と言うことですから。ああ、そういえば」
言葉を一度区切り。
「我が国の姫にお一人。お勉強が嫌いで勉強の時間を抜け出して、城の者総出で探す羽目になってようやく見つけたと思ったら勉強が嫌だと暴れまわって、そのタイミングで現れた魔王の部下に嬉々として攫われに行った人が居ましてね」
「何言っているのよ!! 攫われる姫!! それこそまさにわたくしにうってつけでしょう!! それなのに何で地味眼鏡が付いてくるのよ!! 貴方の顔を見たくないから脱走したのに」
どうせならイケメンに勉強を教えてもらいたいのに地味で冴えない眼鏡が教育係なんて間違っているでしょう。
「イケメンの教育係にしたら勉強そっちのけで王族としてパワハラを行うのが目に見えているからですよ。姫さま」
「何がパワハラよ。麗しい姫に慕われるのだから喜ぶべきでしょう。それなのに何でお父さまはこんな口やかましい陰険眼鏡を……名前もハンスという地味だし」
助けが来るまでこんな地味男と一緒なんて気鬱だわ。
もともと勉強なんて嫌いなのに、こんな冴えない地味眼鏡なんてますます滅入ってしまうから抜け出して、城の城壁の結界の付近まで行ったわよ。そこでこの冴えない地味眼鏡――ハンスに見つかって戻るようにと引っ張られている途中で魔王の部下が現れてハンスがわたくしを庇おうとしたのを邪魔して攫われようと動いたのをいまだ根に持っているなんてなんて心の狭い男なのかしら。
「どうせならシュタインさまと一緒に囚われたらよかったのに!! あっ、違ったわ。シュタインさまならきっとすぐに魔王を倒して」
『ご無事でよかった。姫さま』
見とれるような凛々しい顔を向けて手を差し出してくれるのよね。
つい我が国の騎士団長。黒髪黒目の麗しい騎士。騎士と言えば筋肉という感じで鍛えてごつごつなのに彼は俊敏性を生かした戦闘に特化しているのでごついほど筋肉が付いていないのでまるで踊っているような戦闘をすると有名で、誰が呼んだのか黒豹の騎士さまという異名を持つ誰もが憧れる独身騎士を思い浮かべてしまう。
「ああ、きっと。シュタインさまがわたくしを助けてくれて、そこで愛が芽生えて助けだした褒章としてわたくしとの結婚を……」
「いや、あいつならそんな不良物件いらないって言うだろう」
敬語で毒を吐いていたけど、敬語すらなくなっているのが負け惜しみに思えて、ははんと鼻で嗤ってやる。ここに扇子があれば仰いで挑発までしたのに。
「負け犬の遠吠え? シュタインさまの美しさに貴方みたいな地味男が敵うとでも思っているのかしら。あら、もしかして、わたくしをひそかに想っていたからわたくしを助けようとして一緒に捕らわれたの? まあ、なんて情けない」
「不良物件の姫に興味ないですね。まあ、あのまま助けないという選択はないだけです。いくら不良物件でも目覚めが悪いですし、責任をとらされる侍女やら護衛が哀れなので」
「きぃぃぃぃ!! あんたなんてお父さまに言いつけてクビにしてやるからぁぁぁ!!」
何でこんな奴を教育係にしたのよ。さっさとクビにしてやるのに。
わたくしが何者か忘れているような一応礼儀正しい口調をしているのに毒ばかり言ってムカつく。わたくしに対してなんて態度よ。さっさと辞めさせたいわ。というかわたくしを庇って殺されればいいのに。
「クビに出来る権限があるといいですけどね」
問題起こしまくりの姫にそこまでしてくれるでしょうかと溜息混じりに言ってくるのが本当に不快だわ。
「何よ!! すぐにシュタインさまが……」
「まあ……一応来るだろうな。姫目当てじゃなくて」
後半は小声で言われたが、その望み薄なような言い方が気に入らない。まるでわたくし一人だとこないと言っているように思える。
何でここまでひどい事を言うのかしら。
「お兄さまやお姉さまにも教えてきた教育係だと聞いたのに……って、あれ?」
お兄さまやお姉さまの勉強中によく遊びに突撃して向かったが、こいつの姿を見た覚えない。すっごく綺麗な人が居て、よく話をせがんだけど……。
「…………来たな」
ハンスが何かに気付いたように呟くと同時に、どこからか壁の壊れる音が響く。
「ハンス!! 無事かっ!!」
怒りを顕わに誘拐した魔王の部下を絞め殺す寸前の状態でシュタインさまがこちらに向かってくる。
「きゃあぁぁぁぁぁ!! シュタインさま~♡」
やはり助けに来てくれたのだと抱き付きに行こうとするが、それを避けて、なぜかハンスに抱き付く。
「怪我はないかっ⁉ なにもされていないかっ!!」
「見ての通り牢屋にいる以外何もされていないな。というか、早かったな」
もっと時間が掛かると思ったとシュタインさまに怪我の有無を確認されるように全身を撫でまわされつつ応えている。
「お前が攫われたのに時間を掛けていられるかっ!!」
「ああ、つまり、軍隊を派遣すると会議する前に単独で動いたというわけか。はぁ~。お前な。これでも将軍職だろうが」
何で勝手に飛び出ているんだよと呆れてものが出ないとばかりに溜息を吐いている。
「お前が誘拐されたんだ。冷静になれるわけないだろうっ!!」
叱られて罰が悪いような感じで言い返す様に仕方ないなと溜息混じりな感じでハンスが頭を撫でる。
「…………」
わたくしは何を見せられているのだろうか。ここは普通わたくしを案じてわたくしの怪我を確認して、そしてわたくしに声を掛ける場面なのに、巷でよくある小説ではそれが普通なのに。
「――で、姫の怪我は?」
「無い。ずっとそばに居たしな」
わたくしに直接確認せずにハンスに向かって確認するシュタインさま。
「だろうな。今、魔王の配下をボコって聞きだしたが、本当ならメルリンダ公爵令嬢(王太子殿下の婚約者)かコリンナ姫殿下(第一王女)を攫って来いと命じられたそうだ」
「ああ、それなのに第二王女を攫ってきたのか」
二人の視線がわたくしに向けられる。
「何よっ!! わたくしこそ絶世の美女でしょう!! 確かにお姉さまにはかなわないけど、あのお兄さまの婚約者だと自慢している女狐なんてわたくしの足元に及ばないわよっ!!」
あんな奴がお兄さまの妻になるなんて不快だからこの前会った時に持っていたジュースを頭からかけてやったわ。そのときの顔ったら爽快だったわ。泣けばまだ面白かったのに一瞬だけ悲しげな顔をしてすぐに能面みたいに隠したんだから。もっと見せてくれればよかったのに。
あんな女にお兄さまを奪われるなんて冗談じゃないわ。
「陛下は、二人を守るために自ら魔王の部下に捕まりに行ったと公表したそうだ。実際はともかくここで第二王女の悪評を少しでも和らげたいという親心もあるし、美姫で有名な第一王女や王太子殿下の婚約者が攫われた方が国としては危険だったしな」
シュタインさまの説明に、
「それは賢明な判断だな」
とわたくしが理解できていないのになぜか納得されて、
「さて帰るか」
助けてくれたのだからここで手を差し出して礼儀正しくエスコートしてくれるのが物語りの定番でしょうと待っていると、何で動かないんだと不思議そうな目で見られる。
「姫は物語のように手を差し出してもらいたいと思っているんだ」
「なんだそりゃ面倒だな」
二人がぼそぼそと話をしているが聞き取れない。早くわたくしに手を差し出しなさいよと待っていると、
「姫お手をどうぞ」
シュタインさまが手を差し出してくださる。それを嬉々として手に取る。その時シュタインさまが死んだ魚のような目をしているような気がしたけど気のせいよね。わたくしをエスコートするなどと言う名誉を授かったのに面倒だとか気に入らないなんてことないはずですもの。
帰りの道中にシュタインさまがひたすらハンスに構い続けているのをずっと見せられていて、ここは姫であるわたくしを構うべきでしょうと文句を言っていたが、
「自分から巻き込まれた奴に構ってどうする」
とシュタインさまからガラの悪い言葉を返されて、
「こいつにとってこれは通常運転なので」
ハンスにまで意味が分からないことを返された。
こんな失礼なことをされるなんておかしいわ。お父様に言いつけてやると思って城に戻ったのだが、戻る道中に、わたくしがお姉さまたちを庇って攫われたと噂が流れていて、
「我儘姫でもそんな王族としての矜持があったのか」
とか、
「これ以上問題を起こすならあの外道王の側室として送られると思っていたのに」
などと噂されていた。
「我儘姫っ⁉ 外道王って、あの女好きで三桁を超える女を囲っている好色王のっ⁉」
悪いことをしたら外道王のところに送りつけるという言葉が女子供の間に躾の一環として使われているあの外道王っ!! 大国の王でその政治手腕が素晴らしいけど、女と見れば見境の無いと評判の!! 冗談じゃないわっ!! わたくしは、シュタインさまの妻になるのよ。今はシュタインさまの態度が冷たいけど、きっとこの平凡地味眼鏡がいるからわざとつれなくしているのよ。そうよ。きっと、そう………。
と、自分に言い聞かせておく。
「ハンスの教育をまともに受ければそこに側室として送らないでしかるべき相手と婚姻させるという最終警告だったんだよ」
シュタインさまの言動。
「まあ、今回の件で我儘姫の評価が上がったからな。よかったな」
ハンスまでそんなことを言ってくる様にやはりこんな無礼者たちをお父さまに言って処分してもらわないとと心に誓う。
なんでわたくしを大事にしないのよ。貴方はわたくしを褒章でもらうのでしょう。
不愉快になって睨むがびくともしない。
ただ、その凛々しい顔立ちがあるだけだ。
(ああ、好き♡)
早くお城につかないかしら。早くついてシュタインさまの元に嫁ぎたいわ…………。
「ハンス。疲れていないか?」
「人を病人か何かと勘違いしていないか」
(我慢よ我慢。きっとお城に付いたら今までのつんつんな態度もなくなってわたくしとの結婚を……)
そんな会話が聞こえてもう少しわたくしに気を使いなさいと思ったが珍しく我慢した。あと少しでバラ色の未来が手に入るはずだから――。
「褒章として、ハンスを嫁にする。で、魔導士が禁止薬物として保管してある互いを愛し合っている者同士ならどんな障害があっても子供が授かる薬をよこせ」
何で王城の広間に着いた矢先にそんな褒章を望むのよ。
「わたくしとの結婚でしょう!! 何で地味眼鏡を!!」
何で地味眼鏡を。第一男でしょうが!!
そう文句を言ってしまうのは当然だと思ったら何故かお兄さまとお父様が慌てている。
「ハンスが巻き込まれたから助けに行っただけだ。そのついでの褒章を貰えるなら同性同士だからと止められていた結婚を許されてもいいだろう。禁止薬物の同性同士でも子供が出来る薬もあったし」
「そんな都合のいいものがあるわけないでしょう!!」
「………いや、ある。不妊に悩む姫のために使用したのだが、その当時は素晴らしい薬だと思われたのだが、次第に愛のない夫婦には子供が出来ないと分かり、真実の愛だとか言っていた騒動で真実の愛もなく贅沢したがために大勢の貴族を婚約破棄させた悪女が現れてから危険視されて表に出さなくなった」
お父さまが冷や汗を流しながら説明してくる。
「それが目当てで軍に所属して武勲を上げたからな。王族を助けたのだからそれくらい求めてもいいだろう」
「シュタイン……」
呆れたというかのように額を抑えているハンス。
「ちなみにハンスは」
シュタインさまがハンスの眼鏡をはずすと地味な印象が消えて超絶美形な青年が現れる。
『貴方いい男ね。決めたわ。わたくしと結婚しなさい!!』
『身分が違います』
『ならば愛人にしてあげる。よろこびなさい』
幼い時お兄様の教育係にそう命じたことがあった。その時の教育係の顔が今のハンスそのままで……。
「どこかの姫がパワハラを仕掛けてきたから魔道具で擬態したんだ。ハンスの伴侶は俺だけだからな」
誰が我儘姫に渡すか。
殺気に近い視線を向けられて流石にビビってしまう。
「エルメリア」
お兄さまが名前を呼ぶ。
「お兄さま!! シュタインさまを説得して!!」
「………もともと優秀だったシュタインがハンスと恋人同士なのは有名な話なんだ。ハンスが教育係という縁が無かったら我が国に仕えてくれなかったのではないかと思えるほどね」
「ハンスだけ助けるつもりだったが、薬をよこすと言ったからついでに不良物件を助けたんだ。こいつの我儘で俺の部下が何人処罰されたことか」
忌々しいとばかりに舌打ちされるが全く心当たりない。
「お父さま!!」
「……見目麗しい騎士を自分の護衛として所望して、恋人や婚約者がいる場合は女性に危害を加えると脅して身体の関係を迫っていることや愛人になれと命令されたという報告は受けている。幸い侍女たちが毎回しっかりと報告をしてくれているから事なきを得ているが」
これ以上恥をさらすなと言われるが、恥など晒していない。王族として当たり前でしょうと告げると。
「申し訳ありません。このポンコツ姫の教育が行き届いていませんでした」
ハンスが深々と頭を下げる。
「いや、藁にも縋るつもりであったから仕方ない。修正は不可能だろう。魔王に攫われた姫の嫁ぎ先などないだろう。修道院に送る用意をする」
何でそんなことになるのかと問い詰めたかったが、
「それを理解できていればこうならなかったのにな」
と悲しげなお父さまの声だけが響いたのだった。
お姫さまが助けた勇者とかと結婚するのって嫁ぎ先が無いからもあるよね。