DearS
私はあの時の事を思い出しながら、夜空を見ている。チラリと覗く星々は全てを見透かしながら、私と一緒に思い出を巡り始めた。居場所を失くした彼女は震えて涙し、私は頭を撫でながら何度も囁いた──
「大丈夫だよ」
それ以上の言葉で彩るつもりなんてない。その場で思いつく言葉より、彼女の涙が枯れるまで傍にいるのが1番と思ったからだった。うっすらと瞳に映るのは朧月。その光がきっと導いてくれる事を信じて──
何時間経っただろう。無言の中で2人の鼓動が微かに重なり、不安から安心へと切り替わり、色を取り戻していく。
「……ごめん、泣いて」
「気にするな、長い付き合いなんだから」
深い付き合いの相手にしかしない口調で気楽に言うと、泣き腫れた瞼がピクリと動く。私も彼女も人には言えない環境に振り回されている。表は明るく、1人になると沈んでいく。
その悲しみを悔しさを知っていたからこそ、弱さを見せれたのかもしれない。私も彼女に見せていたが、奥底までは見せる事が出来ないでいた。
「無言が落ち着くなんて……変なの」
「そう? 素でいる事も大事だからね。莉世は無理しすぎだから心配になるよ」
「……真亜の方が抱え込んでるよね」
痛い所を突いてくる莉世に嘘は通用しないなと思う一方でそんな自分を誤魔化すようにおどけてみる。
「私は強いからな。出来る奴だから」
「自分で言うな」
「自分で言わなきゃ誰も言ってくれないからね!」
さっきまで泣いていたはずの莉世は何も無かったようにケラケラと笑っている。1番の特効薬は笑顔。だからこそ、彼女が腹の底から笑える空間になった事に安心をしながら頭を撫でた。
「よーしよーし」
「髪乱れるから」
「あははっ。すまんねー」
ピピピとアラームの音が空間に水をさした。その音に引き寄せられるように近づき、音をとめた。朝の4時半を回っていた、彼女との時間はあっという間に過ぎていた。
「朝だね。んー、そろそろ出なきゃな」
「……ごめん仕事なのに」
「気にすんな、友達だろ? 莉世と話せてよかったよ」
電気をつけると目が眩んだ。泣き顔を見せたくないだろうと配慮して暗くしていたが、それだけではなかった。
月の光が部屋を照らしていたから自然の光を満喫したかったのもあるから。
サッと仕事の用意をして、着替える。
「送るよ」
「1人で帰れるよ」
「いんや、それはダメだね。私が送たいんだよ」
1度決めた事を折ることが出来ない私の性格を知っている彼女は小さく溜息を吐くと、頷くしかなかった。
まだ暗い世界は私達にとっては心地よくて、辛い現実から逃避させてくれる。前に進めば、進む程、日常に戻るのに、なんの躊躇いもなく歩いていく。
以前、私と莉世と陽世で歩いた道に辿り着くと、なんだか懐かしい。ふっと笑ってしまった私を見て莉世が不思議そうに首を傾げる。口を開こうとしている彼女を遮るように笑う。
「学校遅れんなよー。少しでも寝れたら寝とき」
「起きれないから。真亜も無理しないように」
電話で話していた時に私の事を「おかん」と呼んでいた莉世を思い出しながら呟く。その言葉はスッと空間を割いていく風にかき消されると、消えていった。
道が割れる音が今の私にタイムリミットを知らせると、瞼を開いた。そこにはあの時見た朧月がこちらを向いている。支えるように散らばった花びらの光を吸収しながら、より強く光を蓄え始めた。
その光景を瞳に焼き付けると、答えを示すように反対方向へ歩き出す。
沢山の人々と出会い、別れ、強くなった自分の新しい人生を歩むように──