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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

掘り炬燵

作者: 壱原 一

祖父母から贈られたランドセルがまだ大きくぴかぴかだった頃。


放課後あき地で頬を赤くして遊び、やがて余りに寒いので友達の家へ行く事になった。


大概畑をやっていて、軽トラや耕運機がちらほら。鍵なぞ掛けない広い古家が悠々並ぶ土地である。


友達の家も例に違わず、ゆとりを持て余す敷地に雑然とした大きな母屋、塩化ビニルの波板の車庫、倉庫や物置を有している。


庭木の豊かな前庭を、緑色の錆びた物干し竿や、石灯籠や立水栓、花柄の農用フードやリヤカー諸々を後目に過ぎる。


薄明るい灰色の空に、葉の落ちた枝が伸びており、赤々と生った柿だけがやたら鮮やかに見えたのを覚えている。


友達がからからと玄関の引き違い戸を開け、ただいまと大声を張りながら靴を脱ぎ捨て廊下を走る。


お邪魔しますと追い掛けて、寒いさむいと駆け込んだ障子戸の開口へ続いて閉める。


冬日の庭に面する茶の間は、隅の火鉢で鉄瓶が湯気を立て、古びた振り子の掛け時計がこつりこつりと鳴っている。


畳の冷気すら足裏から全身に沁みる中、緻密な柄の厚い布団を重たげにへばらせた炬燵は、氷原に挑む探検隊の基地の如く頼もしい。


机の上の籠盛りのみかんに友達の手が至る寸前、手を洗ってうがいしなさいと台所から小母さんの声が跳び、揃って急いだ洗面所で冷水にひゃあひゃあ騒ぐ。


合間に小母さんがお茶を淹れ、炬燵を点けてくれたようだ。


いち早く足を突っ込もうと厚い布団を捲った先で、暗く落ち窪む底に据えられた立方体のヒーターが、見るだに温かな石英の赤色を灯し、モルタルの穴の湿りと冷えを乾いた温もりで往なしている。


友達と机の縁を掴み、上体を後ろへ仰け反らせて腹の辺りまで炬燵へ潜る。


かじかむ足裏の全体を赤いスチールに押し付けると、靴下越しでもやや高いヒーターの温度が伝わって、じわじわびりびり爪先が痺れ、それがまた痛痒くも離れ難い。


あーあったかい、あったまるーとお互い大仰に感嘆し、一頻りけらけら身悶える。


興が乗ったらしい友達が笑いながら炬燵へ入ってゆき、足にいたずらする気だろうと素早く折り畳んで構えたが、一向に仕掛けず出ても来ない。


こつりこつりと時計が鳴って、外はしんみり薄明るく、火鉢で燃える黒炭や、鉄瓶から立つ湯気さえも、息を潜めている風情。


真面目腐った沈黙に辛抱たまらなくなって、吹き出して友達に呼び掛けつつ、再び炬燵へ深く沈んで足先で探れど行き当たらない。


縦横無尽にさ迷わせ、四方の壁を隈なく擦る。到底避けようがない筈の足が繰り返し空を掻き続ける。


友達は何も答えない。


不安になって上体を起こし、足を引き抜いて布団を持つ。捲って中を覗こうとすると中から友達が裾を奪い、握り拳の形に2つ、小さく膨らませて巻き留めた。


畳に伏せられた裾の、極僅かな薄い隙間から、忍び笑いに上擦ったひそひそ声が滲み出る。


□□ちゃんも、中はいって。


早く。


見付からない内に。


言っている間に笑みが込み上げ、腹が震えて声に伝わり、益々おかしくて声が出る。それを必死に抑えている、聞き慣れたいつもの友達の声。


机を越えた反対側は、影になって見えないから、対岸の縁に上がって隠れ、捜索を躱していたのだろう。


すっかり安心して、なにやってんの離せ開けろーと布団を捲るべく掴み返す。


きゃあきゃあ、あははと笑い合い、競り勝ってぱっと布団を捲る。


中は無人の掘り炬燵で、ずっしりした灰色のモルタルの底に、桃色の絨毯が敷き詰められ、赤いスチールのヒーターが黙然と熱を発している。


友達はどこへ行ったのか。


辺りを見回し、茶の間を探し、屋内を歩き回って小母さんも居ないと知る。


不可解に陥ると共に、空き地へランドセルを忘れたと閃き、渡りに船を得た心地で辞去して取りに戻った。


薄明るい灰色の空の下、息を切らせて空き地へ走る。


角を曲がれば空き地の所で、角を曲がると自宅前に出て、周りが一変して暗い。


電灯下の人垣から親がふらりとよろけ出て、抱えていたランドセルを放り凄い速さで駆けて来た。


引き攣った形相で膝を突き、こちらの顔を撫で回し、鋭く叫んで羽交い絞めにがっちりと抱き竦める。


親はぶるぶる震えており、大人がわらわら寄って来る。


どこで誰と何をしていたのか酷く真剣に問い質され、どうやら“時間が経つのに気付かず遊び惚けてしまった”と理解した。


空き地にランドセルを残し、4日も遊んでいたらしい。


あの子と遊んで家へ行ったと簡潔明瞭に告げたかったが、顔も名前も思い出せず、どう行ったかも定かでなく、暫くは大変に困った。


徐々になあなあで放免され、今ではとても人騒がせな大事件の逸話として親の記憶に残っている。


懐かしく思い出されたのは、結婚の挨拶に帰省して、同級生と飲んだあと自宅へ招かれたからである。


冬日の庭に面する茶の間は、隅の火鉢で鉄瓶が湯気を立て、古びた振り子の掛け時計がこつりこつりと鳴っている。


既に小母さんがお茶を淹れ、炬燵を点けてくれていたようだ。


空き地に忘れた物は無い。


友達が掘り炬燵で待っている。



終.

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