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ルフェルニアは約束どおり、終業後にユリウスの部屋を訪ねた。

ユリウスが予め指示をしていたのか、補佐官のベンジャミンも、フットマンのギュンターも不在にしている。


「ルフェ、今日もお疲れ様。」

「ユリウス様もお疲れ様でした。お忙しいのに、時間をいただいてありがとうございます。」


ルフェルニアはユリウスに促されてソファに座ると、テーブルに昨日食べたパティスリー・アンジェロの季節限定ケーキが載っていた。


「…もしかして、もう食べちゃったかな?」


ユリウスは、ルフェルニアに嫌われたくない一心で、いつもより少し距離を空けて座ると悲しそうに眉を寄せた。

ユリウスは、ルフェルニアが初めてのものを見るように目を輝かせず、どこのものか尋ねなかったのですぐにわかってしまったのだ。


(いつもあそこの限定ケーキは僕と食べに行くのに…。)


ユリウスは口に出してしまいそうなのをぐっと呑み込む。

ルフェルニアと話す前にベンジャミンから口酸っぱく「今までの関係と同じような距離感を強要するような発言は避けるべきです」と言われていたからだ。


「えっと、はい。昨日食べに行ったのです。でも、とっても美味しくてまた食べたいと思っていたから嬉しいです。」


ルフェルニアは、ユリウスが確信をもって尋ねたことがわかったので、無理に嘘を吐かず、素直に答えることにした。


「昨日?もしかして、夜に外出したの?」


ユリウスはそう口にして、しまった、と思った。

ベンジャミンから「ルフェルニア嬢にはルフェルニア嬢の生活と時間があるのです」とも言われていたのだ。夜間の外出なんて、と思わず反射的に口に出してしまった。


「…はい、ケーキをどうしても食べたい気分になって。」


ユリウスは、ルフェルニアが急に甘いものを欲するのは悲しいことや悔しいことがあったときだと知っていた。ユリウスは昨日の自分の行動がルフェルニアを悲しませてしまったのだと、深く反省する一方で、心の奥深く、仄暗い部分が擽られるのを感じて、内心頭をひねる。


「そっか、ごめんね。でも、あまり危ないことをしてはいけないよ。」

「ユリウス様が謝ることではありませんが…、ありがとうございます。気を付けます。」


ルフェルニアとユリウスはその後もぽつりぽつりとケーキを食べながら話を続けたが、未だかつてないほどふたりの間には気まずい空気が流れていた。


「その、ここ最近、変な態度をとってごめんなさい。先日も、あんなことを言うつもりはなかったのです。」


ルフェルニアは意を決して核心を突いた。

ユリウスもルフェルニアの雰囲気を悟って、持ち上げていたティーカップを机に戻し、真っ直ぐにルフェルニアを見つめた。


「ううん、僕こそ、変な態度を取ってごめん。ベンジャミンにも怒られたよ。」

「ユリウス様のことは今も大切に思っています。私も、今後も仲良くしたいと思っているのです。」


ユリウスはルフェルニアのこの言葉を聞いて、気分が上向きになるのを感じた。やっぱり、ルフェルニアも同じ気持ちでいてくれたのだ、と思わず口角が上がりそうになる。


「でも、ユリウス様としか、男性とは親しくしてこなかったので、交友関係を広げたいのです。」


ルフェルニアの次の言葉に、ユリウスは気分が急に落ち込んだ。先に持ち上げられた分、感情の落差が大きい。


(ルフェの言うこともわかる。でも、今までルフェが他の人の横に立つなんて、考えたこともなかった。)


ユリウスは心の奥でチリチリと火花が散るような痛みを感じて胸をおさえる。

ここ最近、ルフェルニアのことを考えると時折感じる痛みだ。


「だから、次の王宮の夜会は、別の方からエスコートを申し込まれたので、その方と行くことにしたいと思います。」


ルフェルニアがきっぱりと言い切ると、ユリウスは心臓が奈落の底まで落ちていくような心地がした。


「誰と、行く予定なの?」

「…ギルバート様です。」


ユリウスが震える声で尋ねると、ルフェルニアが戸惑いがちに相手の名前を口にした。

瞬間、ユリウスは目の前が赤くなり、何かが爆発したような気がした。そして、漸く腑に落ちた。


(僕はずっと、ルフェに執着して、嫉妬していたのか。)


ルフェルニアの感情を自身が揺さぶっているのだと悦ぶ執着心、他の誰かと寄り添うことの相手への嫉妬心。

ユリウスはそのことを自覚して、愕然とした。

ユリウスは執着心も嫉妬心も、甚だ軽蔑していた。今まで女性から自分に向けられるその感情を大変煩わしく思っていたからだ。


(僕がルフェに向ける感情は、純粋な友愛としての好意ばかりだと思い込んでいた…、こんなにも負な感情を押し付けていたなんて…。)


「ユリウス様?」


ルフェルニアは何も言わなくなったユリウスに心配そうに声をかけた。

ルフェルニアはユリウスが約束を反故にしてしまったことを怒っているのだと思ったのだ。


「…ごめんね、ルフェ。」

「え?」


突然、逆に謝られてしまいポカンとするルフェルニアをユリウスは切なそうな顔で見つめた。


(ベンジャミンの言っていた意味がわかったよ。本当に大事なら、こんなにも自分勝手な感情でルフェを縛り付けては、ダメだ。)


ユリウスは、子どものように嫌だ、ダメだ、と叫び騒ぎたくなる気持ちを必死に抑えて、不格好に笑みを浮かべると、ルフェルニアを安心させるように声をかけた。


「わかった。次の夜会は楽しんできてね。」

「…え?」


ルフェルニアはユリウスに猛反対されるつもりでいたので、呆気に取られてしまう。

そして、すぐに猛反対されると思っていたことを恥じた。


(まただわ…。離れると決めておいて、あっさり手を離されると寂しいなんて。自分勝手もいいとこね。)


「ありがとうございます。」

「ねぇ、ルフェ。」

「何でしょう?」

「これからも、今までどおりお茶には誘っても良い?」


そのくらいは許してほしい、そんな気持ちでユリウスは懇願するようにルフェルニアを見た。


「もちろんです、また、お茶しましょう。」


ルフェルニアも不格好に笑うと、その日は解散する流れとなった。


結局、ルフェルニアもユリウスも、本当の適切な距離とは何か、あるべき姿を思い浮かべることもできず、自分の感情と現状との乖離に苛まされるのだった。


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